その9 狙撃手と運のツキ
「待て!!!」
如月が刀に手を触れた瞬間、親玉のアラタが叫んだ。
一方俺は……アラタの側近共に羽交い締めにされていた。こめかみに冷たいものが突きつけられる。なるほど拳銃の銃口か。あまりいい気分じゃないな。
俺は横目で『神剣』を見た。ああやっぱり。真っ二つに折れてしまっている。もう数分持ってくれてたら、俺はこの拘束を『運良く』脱出できたんだろうが。どうやら これが運のツキか。
「動くな止水。動くとこの殺し屋を撃つ。いいな」
アラタは言った。そして俺を羽交い締めにする側近に合図する。
この位置だとソラさんはターゲットを狙撃できそうにない。運悪くアラタは俺たちの陰に隠れている。
如月はちょうど刀の鯉口を切り、今まさに抜こうとする瞬間であった。口惜しそうにこちらを見、それからアラタを睨んだ。
どうやらやっと俺たちのことを信じてくれたみたいだ。
「……騙したのか。私はこの二ヶ月なんのために………!!!」
アラタはゆうゆうと笑った。そりゃそうだろう、絶対優勢だ。というかこの野郎さっきから如月を下の名前で呼びやがって。
「お前と殺し屋が知り合いとは知らなかったよ。そうだ、その殺し屋の言う通りだ。刀はもう闇市に売る手はずを整えている」
「………そんな…」
「全く、お前は腕が立つのに馬鹿だな、止水。いいか、『契約』とは『騙し合い』だよ。隙を見せたほうがやられる。それが我々の世界の常識だ。
お前は実によく働いてくれたよ。危険な目にもあったそうだが、はっ! たかがこんなちっぽけな剣一本のためにな、全く理解できん。最初から、こんな鉄くずさっさと闇市に流すつもりだったんだ。それをお前は……必死だったなあ」
俺は暴れた。全く動けないから意味ないけど。この野郎、如月の気持ちをなんと思ってるんだ。ハラワタが煮え繰り返るとはこのことである。
如月は無言だった。ただ冷徹な琥珀色の瞳をアラタに向けている。その瞳に映る感情を、俺は読み取れなかった。つーか読み取る余裕がない。
「そうか。それを聞いて安心した」
「『お前たちを斬ってしまった後』殺し屋の言うことが嘘だったらどうしようかと思っていたところだ――――――――――」
刹那、
俺をがんじがらめにしている側近どもが一斉に血を噴き出し始めた。うわわ、一体どういうことなんだ!!?
俺を囲んでいたのは6人だった。あるものは首を切り落とされ、あるものは正確に頚動脈を切り裂かれ、めいめい急所を的確に斬撃されていた。
アラタは驚いた様子で俺を見る。
「な……!! お前、何をした!!?」
「い、いや俺じゃねえよ!!」
となると……俺とアラタは同時に如月を見た。
「私を甘く見たな、アラタ」
「う……!! 嘘をつけ……!! どういうことだ一体……!!!! まさかお前ら、スナイパー以外に仲間がいるのか…!!」
如月は首を振った。話すつもりはないようだったが、ちらりと俺を見る。
多分俺もアラタと似たような顔をしていたのだろう。うむ、ぶっちゃけわけがわからない。教えて欲しかった。
すると彼女は言う
「御主が私の一番の得意技を知らなかったのは失敗だったな」
『撃った『居合い』は合計で六つ。だが、気付かなかったことはそう恥じなくていい。飛燕流特有の『技』による抜刀方法と……』
ちらりと腰の刀を見る。
「『疾風』の軽さ。それが揃えば……放たれた斬撃は目で追えぬ』
俺はぽかんと口を開けていた。間違いない、あの時だ。
最初に俺ががんじがらめにされた瞬間。
あのとき如月を見たら、彼女は刀の鯉口を切って今まさに『抜こうと』していた。
――――――――――逆だ
あのとき如月は『納めようと』していたんだ。
「ば………馬鹿なっ!!!! そんなことが………!!」
「お前の負けだ。アラタ」
ようやく自由になった俺。へなへなとその場に座り込んだまま言う。
アラタは鬼の形相で俺たち二人を睨んだ。
「悪いな。これが漫画かなんかの主人公ならお前を生かすんだろうけどよ。あいにくと俺たちは『殺し屋』だ。
『依頼』されてるんでな。それに、悪いが如月を騙したことも含め――――――――――」
「くっ………!!」
「依頼人が言ってたぜ、もうあいつらの悪事には付き合えないとな。
本来非合法な闇ギルド……だが一応の取り決め、暗黙の了解を破り、片っぱしから非倫理のことをやりまくる。
同業はおろか無関係の人間も巻き込み極悪非道の限りを尽くした『闇ギルドの中の闇』」
「くそおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「俺とソラさんに狙われて――――――――――運が悪かったな」
最後の銃声が響いた。
崩れ落ちるアラタを、俺と如月はなんの感情もなく見つめていた。
***
静寂が場を包んでいた。
俺は『神剣』を拾い上げる。周囲にはアラタを初めとし無数の死体がある。正直吐きそうだ。
神剣は真っ二つだった。刀身の中央からバッキバキである。アラタにかっこつけて運のツキなんて言ったが、本当に運のツキなのは俺の方だ。
「あ、あの……」
そんな俺に声をかける如月。振り向くとなにやらうつむいた彼女がいた。
「あん?」
「……そ、その……ぁ……えっと……神剣………すまん」
しばらくもじもじしていた彼女は、それから本当に小さな声で言った。おいおい、泣きそうじゃねえか。
技術はすごくても、精神はまだ年相応の少女ってことか。
俺はぐしゃぐしゃとその頭を乱暴に撫でた。
「バーカ、いいんだよ。気にすんな。壊れちまったもんはしょうがないだろ。
さーってと、さっさとズラかろう。ソラさんが待ってr――――――――――」
そのときだった。
死体……だと思っていた一人が動く。そして背を向ける如月に、最後の力を振り絞る……まさにそういった動きで銃口を向けた。
考えるより先に、俺の体は動いた。
「危ない――――――――――!!!!!!!!」
そこから先はよく覚えてない。
ただ、俺は如月を突き飛ばし、そして俺は腹に銃弾を食らった。焼けた鉄を流し込まれたような感触。遅れて悶絶するほどの激痛がやってきた。
そして倒れる。悲鳴にも似た、如月が俺を呼ぶ声が聞こえた。薄れゆく意識の中、俺は何度も名を呼ぶ如月に言う。
「ば、バカ………」
「運…………転…手じゃ……………ね…………え…よ」
読んでくださった方ありがとうございましたー