その35 保安官 ワイアット・アープ2
「うおおおおおおおおおおお」
「待てえ!!! 逃すな! セーラさんを離せ! この薄汚いゴブリンがっ!」
「だぁれがゴブリンじゃ! 俺は『ゴブリン100体分のゴブリン』だ!! つーか俺じゃないって!」
夜の『春のない国』。……の、大通り。
いつもなら静かなそこは、今現在大捕物が行われていた。
セーラを抱えて逃げるゴブリン100体分のゴブリン─────それを追いかける各国から集まった自警団の方々。
帝国対策会議が行われていたことが災いした。明らかにその人員が多い。実に10倍以上である。
ゴブリン100体分のゴブリンは逃げながら振り向く。追っ手の中に『賢者』の姿がないことを確認した。よかった。あいつが追ってきたらまず逃げられない。
「話聞けやゴラァ!!!!」
「魔物に話もクソもあるかっ!! おら死ねゴブリンっ!!」
『幻想の国』出身と思われる自警団の男が思いっきり何かを投げつけた。
山形の放物線を描いて足元に落ちる───まもなく、
「ファッ!?」
思いっきり足を取られてすっ転ぶ。見てみると粘着質のトリモチのようなものが足元に広がっていた。
「ざまあみろ!」
「セーラさんを離せ!!」
「殺せ!」
「くっ……」ゴブリンは舌打ちした。
追いつかれたら間違いなく殺されるぞ。というか自警団なら人の話くらい聞けよ。正義組織とはなんだったのか。
「話を聞いてくれ! 頼む!」
「魔物の言葉など聞こえんわ!」
と思ったが、
そうか──────自分は魔物だったか。まあ無理もないか。
いっその事ここでセーラを手放すか。自分は殺されてしまうが、彼女は助かるだろう。
いや、ダメだ。セーラはギルドに話に行って殺されかけた。ならば……またその犯人のところに返すことになる。
「観念しろ!」「この凶悪な魔物め!」「セーラさんを倒すとは……なんてやつだ……」「殺せ!」
「捕まえろ!」「絶対に逃すな!」「取り囲むんだ!」「気をつけろ! 武器を持っているかもしれないぞ!」
やがて、
ゴブリンは無数の自警団に取り囲まれた。
「ゴブリンだ!」「どうせ帝国の手先だろう!!」「殺せ!」「許さんぞ!」
「セーラさんを離せ!」「大人しくしろ!」「ちくわ大明神」「抵抗するな!」
口々に叫びながらめいめい武器を取り出す。
剣、槍から魔導銃まで実に様々であった。しかもその全てが自分に向いているのだからたまったものではない。
それぞれ所属する国の刻印がなされている。やはりずいぶんいろいろな国の自警団が集まっているらしい。
「……ううむ」
万事休す。
どう考えても殺されてしまうだろう。
かといって抵抗すれば──────自分の就職が不意になる。
そう、ゴブリンは職を探すためにこの場に来ていた。セーラの協力のもと晴れてどこかの国の自警団の仲間入り……という算段だったのだが。
攻撃すればそれはおじゃんになる。
それどころか、各国の自警《・》団を敵にまわすことになるだろう。
しかし、
「(……このままでは剣将のダンナが……!)」
しかし、
「(…………俺は……自警団に……)」
〝 『 否 』 〟
囲んだ自警団の中の一人が発砲するのと、
ゴブリン100体分のゴブリンが力を解放するのは全くの同時だった。
「うわあっ!!」「暴れ出したぞ!!」
「じゃかしい!!!!! 俺はお前らみたいに形だけの『正義』を貫くぐらいなら────」
瞬間、
地面に向かって思いっきり両手を振り下ろす。
「───自分に正直な『悪』で構わん!!! うおおおおお! ゴブリン334体分の 地 盤 砕 き !!!!」
轟音が張り響いた。
「な……!!」 「しまった……! 視界が……!!」
軽い雪、そしてその下の氷。
それらが衝撃で一気に砕け散り、さながら局所的な豪雪。雪と氷のカーテンは、瞬く間にゴブリン100体分の巨体を覆い隠した。




