その33 評議会16
「……はぁ、もうダメだ。こんな寝巻きみたいな格好でこれから暮らさなきゃいけないんだ……」
「お、おい如月そう落ち込むなよ! 新緑の布? だっけ、どこかで羽織にしてもらえるかもしれないだろ!」
「そうですよ! ほら顔上げて! うーむしかし困りましたね。エクスさんあなた裁縫とかできないんですか」
「え!? 俺!? い、いやあそりゃ針と糸は使えますけど、羽織を縫うなんて無理ですよさすがに」
さて、一方の精霊国家『エレメンタリア』。
某喫茶店の隅の方の席で、やはり如月はがっくりと落ち込んでいた。ソラとエクスはそんな彼女を慰める。
いや羽織がないんだなこれが。マジでない。心の奥底からないのだ。十二の巻ではいくらでもあるのだが、ちょこっと外に出るとここまでないとは思わなかった。
「いっその事洋装にするってのはどうでしょう」
「えー? それはやだな。和服の方が動きやすいし」
その時である。
ソラのコートのポケットの中の魔導端末がブルぶると震えた。
「ちょっと失礼」。慰めるエクスと落ち込む如月を残し、ソラは席をはずす。
見てみると『セーラ・レアレンシス』とあった。ついこの間登録したばかりである。
「もしもし」
無言。
「あら? セーラさん? もしもし、ソラですけど。もしもし?」
無言。
「……?」
耳に当てた端末の奥から、言葉はない。
ただざぁーっというノイズのような音が時折響いているだけであった。
ソラは訝しげに眉を顰めた。
ん? まさか端末が壊れたのか。いやそれはないだろう。そもそも古い方だが、故障しないよう手入れはしてきたつもりだし。
からかわれているんだろうか。いやそんなことするような人じゃないしな……。
もう一度聞き耳を立ててみる。やはりノイズが混ざり、その所々断続的に呼吸のような音が聞こえてきた。
荒い、呼吸……?
もう一度セーラの名を呼ぼうとする。しかしそこで唐突に切断され、以降全く何も聞こえなくなった。
***
「剣将のダンナ遅いな」
さて、その一方でゴブリン100体分のゴブリン。
大陸警察のお偉い方と話をつけてくるからと宿をたったのだが、まだ帰ってこない。
設置された古い掛け時計を見てみると、もうかれこれ一時間以上経過していた。
「……揉めてんのかなぁ」
ちょっと様子を見に行ってみるか。なんか嫌な予感がするのである。魔物の勘だ。
さすがにギルドの中まで入ってしまうとまずいだろうが、入り口までなら多分大丈夫だろう。
というわけでこだわって先ほど雑貨屋で買ったスカーフを目深に顔に巻くと、ゴブリン100体分のゴブリンは立ちあがった。
***
「」
そして、
「 」
ゴブリン100体分のゴブリンは絶句した。
「は??? ダンナ!!!!!!??????」
ちょうどギルドと宿の中間辺りの、人通りが少なくなる路地。
会議があるということもあり人払いが行われており、閑散としている。その雪が真っ赤に染まり、まるで赤色の花が咲いたかのように変貌していた。
考えるより早く、ゴブリンは駆け寄る。赤黒く染まった雪。投げ出された純銀とオリハルコンの剣『エリュシオン』。
「いったいなんでこんなことに……! うわ、血が!」
ゴブリンは慌ててセーラを抱き起こした。
この瞬間も傷口から血が溢れている。ゴブリンは慌ててこだわって買ったスカーフをとると、傷口に当てた。
まあ応急処置にも満たないが、やらないよりはいいだろう。
「ぐ……ぅぐ……」
「気がつきましたか! ダンナ! 剣将のダンナ!」
「あ……あぁお前か……く…………あいでででで」
「ああ! 動いちゃダメですって!」
とその時である。
たまたまギルドから現れた────おそらく事務の女性とゴブリンは目があった。
し ま っ た 。
血まみれのセーラ(会議参加者)。
そしてスカーフを外して素顔があらわになっているゴブリン。
パチパチとお互い目があって、気まずい沈黙が流れる。
「あ……」
「キャあああああ!!! 魔物!!?」
「いやちょ待……ちが……!!」
ああもう、なんでこんなことになってるんだ。わけがわからん。
ギルドの中へ逃げていった女性。ついで自警団の声が遠巻きに聞こえてくる。
ゴブリンはセーラを抱えると、ともかくこの場をさらんと足早に逃げ始めた。




