その29 評議会12
「いやー、あなたがセーラ・レアレンシスさんでしたか。どうぞ、話は聞いています。お座りください」
大陸警察・幕僚長、ラミー・ヤーミ。
なんのアポイントもなくいきなり訪ねてきたセーラに、彼は実に気前よく応対した。
幕僚長。
全体の作戦を指揮したり、はたまた戦況を分析したり。
軍全体を指揮する高等指揮官のことである。言うなればハオルチア大陸警察のナンバーツーだ。
「(……そんな大物が)」
というかセファロタス(※大陸警察最高権力の人)が来ているんじゃないのか。てっきり最高権力が出席するかと思っていた。帝国の蜂起は、それほど重大な出来事である。
すると察したのだろう。ラミーは紅茶の入ったティーカップを差し出すと、雑談の延長のような口調で言った。
「セファロさんは今別件に取り掛かってんですよ。あ、敬語じゃなくていいですよ」
「そうでs……そうか。別件?」
長剣を鞘ごと外し傍らに立てかける。紅茶から立ちのぼる湯気に、銀の表面が柔らかく曇った。
それから紅茶に口をつける。ほのかな渋みの中に広がる芳醇な香り。明らかに最上位の茶葉を使っていることがわかった。味わって飲もうかな───
「ええ。実はつい先日のことです。天獄島『アルカトラズ』から脱獄者が出ましてね。そっちに掛かりきりです」
────と思っていたのだが、
セーラは紅茶を吹き出しそうになって慌てて口元を抑える。
「ごほっ! ごほっ! いや、失礼。脱獄!?」
脱獄!?
天獄島から 脱 獄 ! ?
セーラのあまりに驚愕する態度は予想通りだったのだろう。
飄々とした態度を崩さずにラミーは頷く。「はい。脱獄です」
天獄島『アルカトラズ』。
ハオルチア大陸における重罪を犯した罪人を収容する刑務所だ。当然ながら各国が保有する刑務所とは一線を凌駕しており、
国家を揺るがすほどの超凶悪なアウトローばかりを収容している。
「あまりにも影響が大きいので、まだ公開情報にしていません。内密にしておいてくださいね」
「……お、おう。そりゃもちろん。いや、しかし……」
気持ちを落ち着かせるために、セーラはもう一度紅茶に口をつける。
なるほど。
知らされていないのはそういう所以だったか。確かに、難攻不落、鉄壁、100%脱獄不可能。
そんなところから抜け出した猛者がいるのだ。しかも超凶悪犯。民間に知らされれば瞬く間にパニックに陥ってしまうだろう。
ただでさえ帝国関係でゴタゴタしているのに、こりゃあ今後忙しくなるぞ。というかその脱獄者がエレメンタリアにいたらどうしよう。
彼女は紅茶のカップを机に置いた。それから顔を上げる。
「しかし、天獄島には『アレ』がいる」
「ええ」
セーラの言葉も予想通りだったのだろう。ラミーはまた頷いた。
「おっしゃる通りです。その脱獄者は『アレ』を掻い潜ったということになりますね。死んでませんでしたから」
「……マジかよ。あの、その脱獄者って誰……?」
この質問に対しては、ラミーは少し黙る。
それからしばらくしてまた口を開いた。
「あの、セーラさん。アルカトラズへ行ったことは?」
「一度だけな。ある人物の身元引き受け人になったんだ」
自分のところの六番隊隊長、ロロ・ペヨーテのことである。
彼女はアルカトラズに幽閉されていたのだ。厳重な審査に審査を重ね、外の世界に出ることができた。そのきっかけこそがセーラ・レアレンシスである。
「ならその時も幽閉されていたはずですがね。ソフィア=ルールレイドという人物なんですが」
いや、知らない。
おかしいな。そこまで有名な人物なら大体知っているはずなんだが。
ところが、次のラミーの言葉に、彼女は一気に引きつけられた。
「別名、〝剣聖〟なんて言われています」




