その27 評議会10
もう大方うどんは空になっており、彼女は透き通った薄味の汁をすする。
セーラとゴブリンは再び先ほどのことを思い出した。魔法の国『フォーカリア』が各国から武術の達人を集めている。
「あの侍はそのために呼ばれたらしいです。魔法使いの用心棒として出席しているそうですよ」
ゴブリンも残りの肉片を口に運ぶ。セーラにまだ余っている干し肉をいるかどうか尋ねたが、やっぱり彼女は首を横に振った。
「わざわざ侍を用心棒にねえ。賢者に護衛なんて必要なんだろうか」
あの魔法使い────すなわち黒衣の賢者。
どうも言葉をそのまま信用できなかった。
いや、かかる言説をそのまま信用できないのは、何もあの賢者だけに限ったことではない。魔法使い全般に言えることであるが。
セーラはゆっくり椅子の背もたれに体を預けた。背にかけた濃橙の剣装をクッション代わりにしている。
「まあいいや、他にも……あ、そうそう、帝国の武力蜂起の影響が、魔物の方にまで広がってるみたいだぜ。お前の言った通りだ」
それから彼女はゴブリン100体分のゴブリンを見た。同時に思い出す。
***
「では次はわしが」
さて、フィンフィアが席に着いた時である。
ちょうど隣の人物がゆっくりと立ち上がるのが見えた。セーラはそちらに視線を送る。
とはいえ、それが誰なのかはわざわざ見ずとも分かった。過去に一度面識があったからである。
「現中央ギルド長。ヤード・ズロウキングと申す。おそらくここにいる大部分の方な、名前くらい知っておろうから自己紹介はこの辺にしておこうかの」
セーラだけではない。そう、彼の言葉通りであった。代々の人物は彼のことを知っているのだ。
齢にして優に八十は超えているであろう高齢。曲がった腰に、民族衣装のような格好。白い眉に目が隠れかかっているが、その双眸に宿る光は確固たるものであった。
ギルドのギルド、『中央ギルド』。指名手配される賞金首や魔物を統括する、おそらくハオルチア大陸に住まうものならば知らぬ人はいないであろう組織。というかハオルチア大陸に住んでいないエクスでさえ知っている。
その、長。
少々尖った耳がピクリと揺れる。そう、ヤードは希少種族『エルフ』であった。
どこかに存在する『大森林』という場所に生息し、魔法使い同様きわめて数が少ない────と言い伝えられていた。
魔法使いほどではないが、魔法を扱うことができ、また極めて長命である。容姿に恵まれるものも多く、この老エルフも例外ではなかったのだろう。
彫りの深い顔立ちは、若い頃の美麗さを思わせるには充分であった。
ヤードは持っていた杖に両手を置く。
そのまま周囲をぐるりと見回した。
「中央ギルド預の観測所からの伝令によると、ここ数日明らかに討伐対象となる魔物の数が増大しておる。
そこで、対策は言うまでもないと思うが、新たに賞金首とする魔物を増やした。Ⅱ級以上は後々通達されると思うが……」
***
「魔物の討伐! お前も気をつけろよ」
「そ、そうすねえ。殺されちゃかなわん」
実のところ、この点に関してはすでにソラが情報を握っている。
すなわち、『喫煙所の主』から中央ギルドエレメンタリア支部にいた時に聞いたことだ。『キングゴブリン』という、ゴブリン100体分の強さを持つゴブリンが……
もっとも公表されていないためまだセーラは知らない。そして当人もそれは同じだった。
「いや〜しかし…」
「めぼしいのは大体この辺くらいか」
会議の禄を取りまとめながら、セーラは呟いた。
さて、もうこれで語ることはないように思える。一応は。
後々はまあ無難なことを話し合い、それぞれ情報を共有してから各々帝国に気をつけましょう──────いわゆる普通に丸く会議は就職した。
しかし、
まだ終わっていない。そう、ゴブリンもセーラも、会議で肝心なことを聞けずにいたのだ。
それなければ観光でもして帰るところなのだが……
「……スナイパーの姉御のことは……」
つまるところ、
『銀色のスナイパーを懸賞にかける』ということである。




