その8 狙撃手と再会
如月 止水。
間違いない。荒野で出会ったあいつだ。どうしてこんなところに。
ソラさんも俺と同じ光景をスコープ越しに見ているのであろう。彼女が眉をひそめる姿が思い浮かんだ。
「……どうしてだ………? まさかお前が言う闇ギルドって……」
「ああ、そのまさかだ。闇ギルド『ネペンタイス』。私の刀を持っている闇ギルドは……ここだ」
「そんnぐぼあっ!!!」
話そうとした俺は思いっきり蹴り飛ばされた。再びゴロゴロと転がる。
なるほど奇妙な偶然もあったもんだ。
これも俺の『運』のおかげなら間違い無く俺は思うね――――――――――『運が悪い』。
だが、
俺は『運が良かった』。如月の蹴りを2発も喰らったものの、立ち上がって応戦できる。
どうやら当たりどころが良かったらしい。打撲程度で済んでいた。
さらに、斬りかかってきた彼女の斬撃を神剣で受けきる。運が良かった。たまたま俺が剣で防御したところに、如月が切り込んできたのだ。
だが、蹴りの衝撃を殺しきれず俺は吹っ飛ばされた。
「くぅ……! この……!!」
すっと立ち上がる俺。如月はわずかに眉を上げた。そう、打撲程度で済んだだけではない。
如月が抜いていた刀……確か探している愛刀の代わりに、暫定的に持っているという安物の刀だ。
その刀身が真っ二つに折れていた。剣士にとっては『運悪く』そして俺にとっては『運良く』な。
「……どういうことだ。それに……殺す気で蹴ったんだがな」
如月は使い物にならなくなった刀を放り捨てる。
「へっ! 悪いが俺はそんなにヤワじゃねえんだ!! お前がその気なら、こっちもその気でいくぜ!」
俺はここに来てようやく『神剣』の柄をつかんだ。金属の擦れる音とともに引き抜く。
銀色に発光する刀身が如月をにらんだ。見たところ向こうは丸腰。つまり四肢だけで戦う。対して俺は運+武器。
すると、如月はしばらく俺が構えた剣を見つめていたが、やがて合点がいったというように頷いた。
「……なるほど」
「なぁにがなるほどだ。言っとくが刀を失った剣士でも邪魔するなら加減しねえ……ぞっ!!」
言うや否や俺は如月に向かって走りだす。
「ふっ……刀を失った剣士か。言い得て妙だ」
如月は笑った。俺は吠えながら間合いを詰める!
「だが――――――――――勘違いするな。牙を失えば爪で戦えばいいだけのこと……」
刹那、
腹に恐ろしい衝撃を感じ、俺は目を見開いた。
「……『縮地』という歩法だ」
俺の隣に如月がいた。嘘だろ……? どれだけ距離が離れて……
いや、それだけじゃない。まるで体内から突き上げるような激痛に、悶絶しながら俺は『神剣』を見る。
「!!!!」
『おかしいと思ったのだ。確実に殺せるはずの蹴りを2発、急所に受けてピンピンしている。
それだけじゃない。さっきの構えでわかった、剣術のけの字も齧ってない御主が、なぜここまで追っ手を巻き、兵を倒し来れたのか。』
「――――――――――どういうからくりか分からんが、原因はその剣だな」
俺は『神剣』を見て叫び声をあげそうになった。
刀身の中ほどに大きなヒビが入っている。やられた! もっとも俺が恐れていたこと。幸運の、唯一の欠点。
踏ん張れない。俺はおびただしい血を吐きながらその場に崩れ落ちた。
「……私はなあ、『技術型』の剣士なんだ。『飛燕一振流』という古流剣術を納めた」
悶絶する俺の耳に、彼女の言葉が聞こえて来る。技術型……?
「特別に体格に恵まれているわけでもない、魔導が扱えるわけでもない、天才的な才覚があるわけでもない、
身体能力に恵まれていなくとも、力で劣ろうともとも、刀一振りあれば、『技』で戦うことができる。」
『飛燕流』はそういう剣術だ。如月はそう言って再び構えた。
なにぃ、そういえばこいつ……なんというか剣士っぽくないな。刀剣使いなんて俺のイメージじゃみんな背が高かったり、筋骨隆々だったり。
重たい金属の塊を振り回して相手を叩き切るんだ。そりゃあそうだよなあ。
ところが、
如月は全くそのいイメージと合致しない。確かに体つきは引き締まっているものの、別段大きいわけでもないし。
当然筋肉に覆われているなんてこともなかった。にも関わらず俺は吹っ飛ばされて、
それだけではない。別にやたらめったら早いわけでもないのに、こいつの動きについていけない。
「『無拍子』」
「力むことなく体を捌いて、自然な重心の上下運動を利用して相手に動いていると悟られないようにする飛燕流の基本中の基本。ようやく違和感に気付いたか」
そう、如月の動きには全く『予備動作』というようなものがなかった。
例えば走り出す時は利き足で地面を蹴る。殴る時には拳に力を込めて振り被る。
こちらが相手の次の動きや攻撃を予測するための手がかりのようなものが全くない。『動き始め』から『動き終わり』までが極端に短いのだ。
まあいい。神剣があればまだ俺は……立ち上がってその柄を掴みなおそうとした。
ところが、
そこで、気づく。如月が続けた。「それだけじゃない」
「私が納めた流派には『鎧通』という体術がある」
「本来散るはずの衝撃を一点に凝縮し、それを『内部に』放つ技だ。人体に放てば内臓が破壊され、物質に放てば内から崩壊する」
その剣は、持って後5分だ――――――――――
如月の声が、何度も頭の中に残響した。
俺は片手を窓に向ける。『待て』だ。ソラさんなら確実にこういうとき如月を撃つだろう。それはなんとしても避けたかった。
その時である。奥の扉が音を立てて開いた。本来俺が入るべき部屋だ。そこから現れたのは……
「ほう、やったか」
青色の髪に、薬指にエメラルドの指輪。30歳くらいの、男性。
間違いない。ターゲットだ。ちくしょう、残念だが俺はもう立ち上がる気力はない。側近が何人も控えており、ソラさんが狙撃するのも無理だろう。彼女が悔しそうに唇を噛む姿が想像できた。
「今回は随分と手間取ったな。だがよくやった如月」
「……約束」
「ん?」
「約束を覚えているでしょうね」
ターゲット……アラタはしばらく考えるそぶりを見せたが、やがて大きな声で笑った。
手を挙げる。エメラルドの指輪が光り、すると次の瞬間彼の手には一振りの太刀が握られていた。
「もちろんだ。二ヶ月我々のボディーガード、および敵対する組織の殲滅に協力すれば、この刀はお前に返す。破棄したり失敗すれば闇市に流す
これはビジネスだよ。いいか如月君、『契約』とはそういうものだ。最初にあの魔法使い……な前はなんと言ったか、彼女からもらった時点でこの刀の所有権は私にある。わかるだろう?」
如月は刀を……愛刀『疾風』を見つめていた。こちらからは表情を伺うことはできない。
ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょう!!! 俺は怒りで目の前が真っ赤になった。如月、てめえは………
「嘘……つ………け…………!!」
俺はなんとか絞り出すように言った。アラタがこちらを見るのがわかる。こんなやつ精一杯睨みつけてやるぜ。俺が今できる最大の攻撃だ。
「よくいうぜ………!! てめえら鼻っからそんな約束守る気もねえくせによお。なにが『契約』だ。なにが『ビジネス』だ……!!」
俺はブローカーQの言葉を思い出した。
――――――――――『刀ですか? そういえば一振り流れて来てますねえ。銘はなんと言ったか……』
――――――――――『ああ、思い出しました、『疾風』ですよ』
――――――――――『2ヶ月後に、闇市に売られる予定です』
「如月!!!!!!」
俺の声に彼女はびくりと振り返った。
これまでの話を聞いて、幾分か彼女の顔が白くなったように見える。
「耳を貸すな……2ヶ月前の話だ…………!!! そいつら、最初っからお前に刀を返す気なんかないんだ。
お前がいかに働こうとなにしようと………刀は……二ヶ月後……つまりこれから売られる………!!!」
肩で息をしながら俺は言った。だが奴は動じた様子もない。そりゃあそうだろうな……
「はっはっはっは!!! 何を言い出すかと思えば!! よくそんなデタラメをいう!」
そらきた。くそっ!!
アラタは如月に向き直った。
「『耳を貸すな』か。それはこちらのセリフだ。止水、あいつの言葉は戯言だ。そもそも、俺を狙いに来た名も知らん殺し屋の言うことなんぞ、誰が信じるというのだ」
そうだよなぁぁぁああ!! ちくしょう。残念だがこっちの言い分を証明する手段が全くの皆無なのだ。
間違いなく真実なのに。俺はもどかしくなった。頼むっ!! 信じてくれ如月!!
……いや無理か。そりゃあそうだろう。二ヶ月前に数時間あっただけの殺し屋の話だ。俺だってあいつの立場なら信じない。
ならば――――――――――ここは最後の賭け。
「おい……はぁはぁ……ぐっ……!! あんたのその手の刀……本当に如月の刀か?」
「ふっ、なにを言うかと思えば。ほれ、よく見ろ。正真正銘、……名はなんと言ったか、ああそう、『疾風』だ」
いいぞ……!!
「よく見えねえなあ……もう少し『高く』掲げてくれるか……?」
アラタの手が動く。側近の肩を超え、顎を超え……
鼻を超え、
額を超え、
そして頭部を超え――――――――――
――――――――――〝 い ま だ 〟
――――――――――ダァンッ☆
銃声。
タイミングばっちりだ。さすがソラさん! 彼女ならきっとやってくれると思っていた。
アラタの手から鮮血が吹き出し、
「くっ!」
「アラタ様!! 馬鹿な……!! この距離から手を正確に………なんて狙撃手だ!! アラタ様をお守りしろ!! スナイパーがいるぞ!!」
刀が転がる。ここからは俺の出番だ!
「ぬっ……ぬおおおおおおおおおおおおお!!!」
最後の力を振り絞り、渾身の力で匍匐前進。
格好はあまり良くないが背に腹は変えられない。つーか立ち上がる気力なんかもうねえよ。
多分俺の今の匍匐前進はハオルチア大陸一早いものだっただろう。それとも、『まだ』効果がある神剣の幸運のおかげだろうか。ともかく『運が良かった』ぜ!
俺はむんずと刀を掴むとその上に覆い被さった。少し遅れて側近が殺到する。ボッコボコに殴られる俺。
「この殺し屋め!!離せ!!」「おとなしく刀を渡すんだ!!」
「うるせえええ!! ごはっ! いやだ!! 絶対に渡すもんか!! ぐああっ!! おい如月!!!!!!!!!」
俺は殴られながら持ち主の名を呼んだ。
「運転手!?」という声が返ってくる。あ、しまった……そういやまだ名前を名乗ってなかったんだ。
いやそんなことはどうでもいい。
「おらっ!!! 今度は取られないようにしろよ!!!」
弧を描く刀。俺の最後の体力の総決算だ。
『疾風』は持ち主のところに戻った。しっかりと如月がキャッチするのを見届ける。よっしゃあ!
「………な……まさか本当に…」
如月は刀を―――なまくらなんかじゃなく、本当に探し求めていたその人振りを腰に差した。
うむ、その格好がお前には似合うぜ。いや初めて見たけど。
読んでくださった方ありがとうございましたー