その25 評議会8
マ
ジ
で
「あれ、剣将の旦那、どうかしました。もしかして知らなかったんですか?」
「…………ば、バカそんなわけないだろう。もちろん知ってたさ。し、人工精霊だろ人工精霊」
いや知らなかった。マジか。
セーラは驚愕した。えっいやなんだ人工精霊って。
彼女は知らなかったのである。正確に言うと知らされていなかった。
表情には出さないものの、エレメンタリア評議会で公表された内容を、エレメンタリア評議会所属のセーラが一番驚いている。
そういえば、マークが今日教えてくれると言っていたわけであるが。
人工精霊。
彼女はページを読み進めた。マークが今現在述べていることと大体同じことがようやくして書いてあった。
本来、天然(?)というと語弊があるかもしれないが、ともかく精霊とはそういうものだ。
セーラのオリハルコンの長剣『エリュシオン』に宿っている某精霊も、アイリスの得物『フレアクイーン』に宿っている精霊『レーヴァテイン』も、全て生きている存在だ。
どちらかというと『神』や『概念』のような存在に近い。実態がないことも多く、あったとしてもそれは仮の姿。
それを、『人工的に』作り出す。
「解析したところ、明らかにサラの精霊『サラマンドラ』は人的要因が加わっていました。
通常の『覚醒』は精霊の力を行使することですが、」
『覚醒』といったところで、マークはセーラを見る。
彼女は頷いた。それから何の気なしに片手でエリュシオンに触れる。
柄尻のオリハルコンの玉、その真ん中に埋め込まれるようにして浮かぶ複雑な模様の『紋章』が、ぼんやりと発光した気がした。
「人の手により強制的に暴走状態にさせる。これが人工精霊の『覚醒』です」
人工的に作り出した精霊の、暴走状態。
なんじゃそりゃ。『暴走』ということは、まだ開発途上ということか。サラが周辺諸国の均衡を崩せるほど強力な力があると言っていたらしいが、どうやらこのことらしい。
やがてマークはざっくばらんに説明すると、今度は話をセーラに降った。「では次、エレメンタリアの対策を……」
「どうも」
セーラは立ち上がる。濃橙の剣装の裾がわずかに揺れた。
「自警団『剣征会』一番隊隊長、セーラ・レアレンシスです。皆さんこんにちは」
頭をさげると、その場の全員セーラを見た。
それまで興味なさそうにうつむいていた人物も顔を上げる。ゴブリンは自分の前方で、あの侍もセーラを見るのを見た。
「ははあ、あなたがそうですか。既存の剣征会を潰して、経歴・素性を問わず実力だけで隊長を採用したというのは」
彼女を見ていた一人の人物が声をあげる。ゴブリンはそちらを見た。
ちょうど二十代後半くらいと思われる一人の青年である。目の覚めるような金髪ときっちり着こなしたスーツが印象的であった。
「あ、はい私です。ええとそれでですね」
セーラは相槌を打ちながらちらりと青年を見る。
天秤と蛇を絡ませた模様の描かれたバッチを胸元につけていた。『世界警察』所属を表すものだ。顔は知らない。いや誰なんだろうこの人。
それはそうと、皆がセーラを見たのは今青年が言ったことが所以である。
エレメンタリアの自警団『剣征会』。世襲制で『真打ち』となる条件をすべて廃止し、当時の真打ち全員と一対一で戦ってから打ち負かし、剣征会を改革し直した。
「一連の帝国に関する対策ですが、エレメンタリアではまさしく今おっしゃられた剣征会、すなわち我々が『対策そのもの』です」
剣征会の改革。
これままさしく革命的なことだった。当時腐敗してたとはいえ、強者が集っていた真打ち。
その全員を打ち負かした。さらに、そのセーラと同等の実力を持つ者が集っている。他ならぬセーラが勧誘し集めたのだ。
「仮に帝国軍が攻めてきた場合でも、うちの『真打ち』どもは負けません。そういう連中を集めましたからね」
元奴隷、元人斬り、そして元帝国出身、元罪人……などなど。
経歴を見ただけではとても採用されないであろう剣士達。ところが、その腕は超一流。いや、腕だけではない。
自警団員としても超一流である────そういう連中ばかりを『真打ち』とした、つもりであった。
「一つ質問が」
すると、彼女の対面に座っていた人物が声をあげる。
ゴブリンはそちらを見た。フード付きの黒衣に、菱形の博士帽子。傍らには金属製の杖が立てかけられている。魔法使いだ。彼は一目見てわかった。
魔法使いは顔を上げた。女であった。年齢18歳くらいであろうか。少女と呼べる年齢。いかにもキレそうな理知的な顔立ちに、黒縁のメガネがよく似合っている。
「経歴に問題がある人物が多く『真打ち』に就任していると聞きました。彼らは信用できるのですか?」
魔法使いか。
ゴブリンが分かったように、セーラもまた理解することができた。微妙な魔力のゆらぎのようなものを、感じることができる。
「ご心配なく。信用できます。断言してもいい」
「何故ですか」
魔法使いはメガネをかけ直した。グラスコードがゆらりと揺れる。
「彼ら全員と斬り合ったからです」
セーラはなんということはないというように言う。
件の魔法使いは少々面食らったような顔をした。
「どういうわけです。斬り合ったからなんですか」
「斬り合ったから信用できるんです。私たちは剣士ですから。言葉よりも剣が語ってくれます。彼らには信念がありました」
鉄よりも固い信念です。
そういう連中ばかりを集めたつもりだった。いや、全員そういう連中のはずだ。
心に灯た一本の刃。鋼よりも固く、決して折れない。そういう矜持を持っている剣士たち。セーラが勧誘する上で、最も重用したのはこの点であった。
矜持さえあれば国は守れる。そして、矜持さえあれば剣の腕は自然についてくるのだ。
矜持を持ち、信念を携えた剣士──────それが今の『真打ち』だった。
「なるほど、つまり……」
魔法使いは冷たい目でセーラを見つめた。
「剣は嘘をつかないと?」
「そういうことです」
セーラは満足げに頷くと席に着いた。




