その24 評議会7
ちょっと待て。
あの侍にも興味があるが、それよりももう一つ。今しがた倒されたこのガンマンの男……テキタウの口から飛び出した言葉が気になった。
ゴブリンはテキタウを起こす。
「おうい! おめえ! さっきなんといった!」
「……気絶してるな」
セーラも隣で顔を覗き込んでいたが、いやいやテキタウが起きる気配はない。雪まみれのその顔はがっくりと白目をむき、口からは泡を吹いていた。
仕方がないので隅の方に寝かせておくことにしよう。体を抱えると、路地の壁に寄りかからせる。
それはそうと、
『銀色のスナイパーが賞金首にされる』。
二人は顔を見合わせながら先ほど……テキタウの言葉を思い出す。この柄の悪いガンマンは、どこから情報を掴んだのか確かにそんなことを言っていた。
「どういうことでしょう。スナイパーの姉御が……」
「ソラはそういうとこ狡猾に立ち回ってるはずなんだけどな……」
賞金首にされやすいアウトローは、闇ギルドの所属であったり大量殺人犯であったりなど、良くも悪くも目立つ場合が多い。
ソラはそこのところは実にうまくやっていた───と、旧友のセーラは思う。昔から射撃の腕だけではなく、とにかく頭が良かったのだ。ずる賢く、狡猾。
『ズルさ』はスナイパーとして必要なことと本人はいつも言っていたのだが。そのような彼女がヘマをするとは思えない。
セーラはちろりとゴブリンを見た。
「お前、なんか妙なことやったんじゃないだろうな。例えば魔物としてギルドに垂れ込んだとか……」
「そ、そんなことするはずないじゃないですか!」
慌てて両手を振る。巻いたスカーフの裾がパラパラと揺れた。
「冗談だよ。だよなぁ、となると……」
セーラは思考する。
ソラが何かヘマをするとは思いにくい。かといってこちら側の誰かが何かを垂れ込んだというわけでもなさそうで。
となると……考えられるのはソラの知人……。しかしあいつは、見かけによらず顔が広いのだ。アウトローにもそれ以外にも。
それとお、ひょっとして聞き間違いか。と、そこまで考えたところである。セーラ殿 セーラ殿 自分の名前を呼ぶ声に彼女は振り返った。
「こんなところにいらっしゃったか。もうギルドに入っておかねば。遅れると他国に印象悪いですぞ」
「あ、マークさん、どうも。え、もうそんな時間でしたか」
現れたのは正装をした男性であった。年齢40過ぎくらいであろう。白髪の混ざった若干薄くなった頭髪に、柔和な表情がよく似合う。
そばには従者が二人も控えていた。おそらくこの人物の用心棒だ。めいめい腰にサーベルを帯刀している。
セーラが『マーク』と呼ぶ彼は、困ったようにハンケチーフで額を拭った。ゴブリンはその様子を観察する。シャツのボタンはきっちりと上まで止め、ベストも着こなしている。
素人目だが、間違いなく武人ではなく政治家の部類だな─────振る舞いを見ながらそんなことを思った。
すると、案の定。
「『評議会』の議員さんだ」
「えっ! ってことは……」
ゴブリンは目を丸くする。彼はマークに向かって頭を下げた。一応自分はセーラの従者ということになっているため、別段怪しまれるようなことはない。
「ああ。私の上司だ。評議会第三議員、マーク・レオナルド氏。はは、剣征会を潰すも生かすもこの人にかかってるんだぜ」
「そ、そりゃあすごい! あの、自分新入りの……」
「わかったわかった! とにかく行きましょう。流石にいろんな国が集まるデカい会議で遅刻はまずいから」
***
「全くまいりましたよ。私が総合司会を任されているんです」
『春のない国』の二つあるギルドの内、小さい方。
各参加者に与えられた情報はたったそれだけであったのだが、セーラとゴブリンが会場に入った時はもうほとんどの参加者が席についていた。予定された時刻の20分前のことである。
楕円形の大きなテーブル。入り口から向かって左側の方にセーラとマーク……と、その後ろに従者の席が設けられていた。『エレメンタリア評議会』『エレメンタリア自警団『剣征会』』とかいた名札を取る。
ゴブリンは椅子に腰を下ろした。
いやしかし、本当に自分なんかが来ちゃっていいんだろうか。こんなところ。さすがに元魔物だしまずくないですかね。。。
そんなことを思わなくもないが、セーラと目があうと彼女は笑う。「心配すんな。何の問題もねえよ」(一応は)自分の上司は目でそう語ると、背中の長剣を鞘ごと外して席に着いた。
セーラが着席するのを横目で見ると、マークは立ち上がる。
ちょうど開始10分前のことだ。机についた全員を見ると、手元の用紙と見比べる。うむ、全員揃っているようだ。
「では、」
「少々早いですが始めましょうか」
『春のない国』での対帝国会議(仮)────────────開始。
***
改めてゴブリンはギルド全体を見回した。
通常は冒険者と一部のアウトローで活気あふれているであろうそこは、今は静まっている。代わりにあるのは円形の大きなテーブルと、そこに着く何人かの要人、あるいは自警団達。
その全てがかなりの手練れであると推測できる。政治的にも、そして武術的にも。そういえば、先ほどの侍も出席しているな。
ちょうど自分から見て左斜めのところだ。ゴブリンと目が合うと、彼もこちらのことを知っていたらしい。仏頂面のままわずかに頷く。
「この会議の概要などは全て手元の資料に記されていますので、各自ご覧ください。単刀直入ですが、まずは自己紹介───と、それぞれ帝国に対しどのような行動をとるか、現状自国で決まっていることを発表しあって頂きます」
マークは汗を拭きながら言葉を紡いだ。ゴブリンがページをめくると、あっ本当だ書いてある。とはいえこれはほとんど読まずともよかった。
会議の目的は、帝国の周辺諸国がどのようにして今後……つまり武力蜂起して周囲に侵攻しようとしている帝国に対抗するのか、だ。散々今までセーラから聞いてきた。
「ではまず私ども……すなわち精霊国家『エレメンタリア』から。ええと、帝国に関する情報をいくつか集めました。
もうこの場の全員は知っていると思いますが、孤児院で闇ギルドへ奴隷を横流ししていた事件、あれからすべてが明るみになったのです」
ここまでほぼ全て、皆既知のことである。
当然ながらゴブリンも知っていた。そうそう、表は孤児院の副院長、そして裏は帝国軍の幹部・サラ。
主に第二章で行われた一連の事件であるが、あれから諜報部と情報機関が精査した結果、幾つかの事実が浮き彫りになっていた。
「主に帝国軍に関してです。いや、軍事国家だから軍を持つのは当たり前ですがね、この機構が少々異なる」
全員黙っていた。どうも妙な息苦しさを覚えるな。ゴブリンは尻を掻く。椅子がキシキシと抗議の悲鳴をあげた。
「まず規模が極端に少ない。おそらく数百人程度でしょう。すでに侵攻を開始していた幾つかの国で調査してみても、300を超えるほどもいませんでした」
戦いの痕跡から判断したことであるが、これは間違いではないはずだ。マークは思う。
すでに名もなき小国のいくつもが帝国によって襲撃されていたのだが、ああいう巨大な国ならば、物量で強引に攻め込んできそうなものであるが。
実態はその逆。つまり─────『少数精鋭』。それはすなわち、少ない力で国を制圧できるほどの武力を持っている、ということである。
「では、この『力』とはなんなのか。これもですね、存在だけならば突き止めることができました。概要がどうなのかはさっぱりですが」
言いながらマークは資料をめくる。
促されてからめいめい、ゴブリンもまたページをくる。
『人工精霊』
その上部には、その四文字が記されていた。
「……人工精霊」
ゴブリンは呟く。
これには流石に他の出席者も驚いたようで。少なからずざわついていた。
「剣将の旦那、すごいっすねここまで調べてたんですか。あれ? 旦那?」




