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その22 評議会5

剣石ソードストーン『ダイアモンド』

象徴:『清浄』あるいは、『純真』

 夜になった。

 春のない国で宿を取っているセーラとゴブリン────その一方で、

 剣征会本部。朧は1日の職務を終え帰路につこうとしていた。自室を剣石ダイアモンドで鍵をかける。

 外に出るとちょうど馴染みの馬車屋が通りかかるところであった。片手を上げて止め、朧は客席に乗り込む。


「やあ朧さんこんばんは。ご帰宅されるんですか」


「ああ。……いや待て」


 乗り込んで行く先を告げようとして、ふと考える。

 朧の家はエレメンタリアの東側にあった。ここいらでは珍しい和家屋である。ところが彼女は言った。「西にやってくれ」


「え? 家とは逆ですよ」


「構わない。ずっと西だ。辺境の方までな


 やがて馬車は走り出す。

 運転手は不思議に思って尋ねたかったが、朧がずっと黙っていたためそのチャンスを伺えなかった。

 そのまま馬車は進む。馬の足音のみ。

 やがて西のはずれまでやってくると、朧は金を渡して馬車を返した。


***


 澄んだ空気が周囲を満たしていた。

 どこか遠くではずれの音が響いている。小川のせせらぎ、何かの虫の鳴き声。

 先ほどの大通りの喧騒が嘘のように、のんびりとした時間が流れている。


 空を見上げてみる。

 そこには満天の星空。周りに光源がほとんどないため、実によく見ることができた。

 漆黒のベールにラメを流したかのようだ。ちょうど自分の刀も角度によってはこの星空のように、キラキラと輝いて見える。


 朧はこの星空が好きだった。

 屑星をかき合わせたかのような天の川。その周囲にチラチラと輝く大きな恒星達。それらが視界の隅々まで、無限と思われるほど広がっていた。

 見上げてみるといかに自分がちっぽけな存在なのか思い知らされる。それまで持っていてモヤモヤとしていた悩みや心配事が、すべて吹き飛ぶような気がするのだ。


 と、見上げるばかりでは夜が終わってしまう。

 朧は再び歩き始めた。ちょうど端の端。ボロ家が一軒ポツンと立っている。彼女は迷うことなくそこに踏み入れ、ノックすることなく扉を開いた。

 中に入る。必要最低限のものが、必要最低限だけ置いてある部屋。食べたばかりと思われる缶詰の匂いが微かに鼻をついた。


「ダルリア! ダルリア! いないな……屋上の方かな」


 刀を鞘ごと腰から外しながら、朧は奥に設置されたこれまた粗末な階段に足をかける。

 よく見れば埃が切れていた。ちょうど一人分の足跡。そこに彼女の靴が重なった。

 正面の扉を開ける。金属が軋む音が響く、朧の左手に赤茶けたサビがついた。


 屋上。

 ちょうど3階くらいの高さだ。風が吹き、朧は豊かな白髪を片手で抑えた。


「ダルリア」


「ん? おお」


 その正面。大きな星遠鏡(※魔導で星を見る機械)を覗いていた青年は振り返った。

 朧の姿を見ると片手を上げる。彼女も柔らかな表情で挨拶を返した。


「見えるか?」


「ああ。今夜は珍しいよ。魔王星が出てるんだ」


 朧はダルリアの隣に座る。刀を傍らに置き、こつりという音が響いた。

 促されて星遠鏡を覗いてみる。大きく拡大された漆黒の星が一つ。ぽっかりと円状の中心に浮かんでいた。


「すごいな」


「大きいだろう。ここ最近はなかなか見えなかった。前に見たときは、確か僕が15で、月夜つきよちゃんが12の時だったかな」


 もう何年も前の話だ。ダルリアは少し遠い目をして、それからまた絞りを調節して鏡を覗いた。

 彼と朧は昔からの知り合いだった。幼馴染……と言えるだろうか。ちょうど朧が出身国である十二の巻から初めて外に出た時、出会って友人になったのだ。

 互いに星が好きということで意気投合した。朧はダルリアほど詳しくないものの、彼の話を聞いていると楽しい。お互い社交的ではないため、数少ない気の合う友人だった。


「今日は曇ってないから、よく見えるな」


「ああ」


 朧はごろりと仰向けに横になった。眼前に再び無限の夜空が展開する。

 あまり剣征会にいる時には見せることのない、穏やかな表情であった。


「なあ、月夜ちゃん」


「うん?」


「……今日も人を斬ったのかい」


 その表情が、僅かに翳る。

 キリキリとレバーを回す音が小さく響く。朧はややあって頷いた。「ああ。斬った」

 今度は青年の……ダルリアの顔が曇った。悲しそうな顔である。自分の剣が血で汚れると、友はいつもこのような顔をするのだ。

 それでも見慣れることはない。朧はしばらく黙って天の川を見つめていた。


 やがてダルリアが口を開く。


「……『K』も悲しむよ」


「あいつは……どうだ? 見つかったのか?」


 『K』という言葉が彼の口から出た時、朧は上体を起こした。

 白髪が風に流れる。ところがダルリアは首を振った。


「連絡は寄越すけど、まだ居場所は転々としているらしい。『春のない国』で評議会が開かれるから余計にね」


「……そうか。まだ会えないか。ギルドに討伐指令が出されないといいけどな」


 朧は大きくため息をついた。

 再び星を見る。


 『K』。

 彼もまた、どこかで同じ夜空を見ているのだろうか。


***


 『春のない国』での対帝国会議(仮)。

 エレメンタリアやフォーカリアなどの大国ではなく、辺境の小国でこの会議が行われる理由は二つほどあった。


「一つはこの気候だ。見ろ、隣国なのに馬車で1日掛かり。何もせずとも防壁になってやがる」


 もしも万一、考えたくないことであるがこの会議の模様が何らかの要因で帝国側に漏れてしまっており、帝国から攻め込まれた場合。

 時間稼ぎができるし、そもそも攻めにくい。分厚い氷と大量の雪で囲まれた自然の壁は、それだけで鉄壁の防御になっていた。

 もう一つは単純なカモフラージュである。エレメンタリア評議会をエレメンタリアで行わないのだ。まさかこのような小さな国に、各国の要人が集まるとは思わないだろう。


「はあ、そうなんですか。で、これからその会議場へ?」


「おう。貸し切ったギルドがあるからそこでな」


 翌朝。

 セーラとゴブリン100体分のゴブリンは件の会議場へ向かおうとしていた。宿で一泊して、それから午前中に出かけているのである。

 空を見てみると、晴天であった。遠くで太陽が煌々とあかルイ光を町中に送っていた。ところが全く周囲の氷が溶ける様子はなく。路面が凍っていて非常に歩きにくい。全く何度転びそうになったことか。

 特徴的な街並みだった。建造物の一つ一つがザラザラとした石で作られ、氷結しないようになっている。屋根は鋭角的で、雪の重みで潰れてしまわないようにするためだ。


「確かこっちの方だ」


「あの、本当に俺も参加していいんですかね」


 ゴブリン100体分のゴブリンはスカーフを目深に結び、もう一度帽子に手をやる。一応これでバレることはないだろう。多分。

 濃橙の剣装に着いた霜を払いながらセーラは苦笑する。「そんなに緊張するなよ。こっちだ」


 会議は二つあるうちのギルドの一つ。小さな方のギルドを1日貸し切って行われる。大小のうち小さくでボロいほうを使うのも、言うまでもなく有事の際のカモフラージュであった。

 とはいえこの辺の小細工はあってないようなものであり。すでに国全体で妙にものものしかったり、慌しかったり、やはり影響は大きいようだった。


 それに、もう一つセーラが心配していることがあった。


「そもそもどんな連中が集まるんです? その会議って」


「いろんな奴が来るよ。自警団を始めとして、中央ギルド長や。ああただ賞金稼ぎは来ないな。あいつらは金で帝国に流れるかもしれないから」


「へぇ、そうか。そうですよね。さすがにならずものは来ないよなあ。魔物なんて俺だけかな」


「つっても、似たようなもんだけどな。自警団の連中はどいつもこいつも血の気が多いんだ。腕っぷしで悪人を捕らえようってんだから。

 そういう血の気の多いのが来るのは変わりないし、何か騒ぎになってなければいいけどな……」


 ところがこういう嫌な予感とでもいうべきものは得てして当たるものだ。

 ちょうどギルドに差し掛かる角を曲がった時である。前方から何やら大きな怒声が聞こえてくる。


「あれれっ」


「はあ、ほれみろ。いやだいたい騒ぎになるんだよこういう時ってさぁ。ちょっと待ってて止めてくる」


***


 あと500mでギルドにたどり着くというところであろうか。

 大通りの隅の方。セーラは人ごみを掻き分けようとした……が、思うように進めない。

 しょうがないから伸びをしてみる。こういう時長身であることが役にたった。


「あれは……」


 目を細めて人だかりの中心を見つめてみる。

 遅れてやってきたゴブリン100体分のゴブリンも、ちょうど中央に視線を送った。

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