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その21 評議会4

「はーっクション!!!!!」


 馬車を揺るがすほどの大きなゴブリンのくしゃみに、セーラはぎくりと体を起こした。


「なんだ? 風邪か?」


「いや、なんかさっきからくしゃみが止まらなくて。おかしいな」


 ゴブリン100体分のゴブリンは言いながら鼻をかんだ。どうもおかしいなさっきから。誰か自分の噂でもしてるんだろうか。いやそんなはずはないだろう。

 馬車はのんびりとした歩調で進んでいた。快調な足取りである。もうあと少しで『春のない国』へ着くだろう。

 前述の通り、明日そこで行われる近隣諸国の帝国の武力蜂起に対する会議に出席することになっている。

 セーラはエレメンタリア代表として出席し、そしてゴブリン100体分のゴブリンはその従者として。


『春のない国』は、


「ほれ、見えてきたぜ」


 文字通り、春がない。

 『大氷山』という永久凍土で構成された山の麓に位置しているその国は、見渡す限り一面銀世界であった。

 溶けない氷、解けない雪で覆われた大地。馬車の速度がさらに緩慢なものになった。


 やがて、国の入り口のはるか手前で止まる。これ以降は歩いて行けということだ。

 路銀を渡し、セーラとゴブリンは雪の上に降りる。吐く息が白く、エレメンタリアの気候が嘘のようだ。


「……噂には聞いてたが、すごいな」


 セーラは雪を拾いながら呆気にとられていた。『剣装』の重ねがけされた防御魔法のおかげでほとんど寒さは感じないのだが、露出した手足の先がしびれる。


「お前、ここ初めてだろ? はは、私もなんだ。。ほんとに春が来ない、万年雪と氷に包まれた国らしい」


「え?あ、はい。そうですね」


 ゴブリンはどこか上の空のようだった。セーラはわずかに首をかしげる。

 すると、歩き出した時だ。


「あの、剣将の旦那」


「うん?」


「さっきお会いした、あの白髪の剣士の方なんですけど……」


 ざくざくと雪を踏み進めながら、セーラとゴブリンは春のない国を目指して歩いた。左右にはうずたかく真っ白の雪が積もっている。

 轍のあとが幾重にもまっすぐ伸び、そこだけ雪が溶けてぬかるんでいた。


「朧のことか?」


「あ、はい、朧さんと言うんですか。ええ、その方のことなんですが。あの、どういった人なんです?」


 どうも先ほどの、そう、握手して声をかけられた際に感じた違和感。

 それがどうにも気になって仕方がないのだ。


 それに伴って、あの目。

 目だ。朧の両方の目。極東の色国『十二の巻』特有の、艶黒の瞳。

 あの『目』が忘れられない。自分の目を『澄んでいる』と表現されたが、朧の目はそれと全く逆だったのだ。


「剣将の旦那、あの、朧さんって、え? 同僚なんですよね? 剣征会の」


「……そうだが。なんだ妙なことを聞くな。真打ちだよ。流れ星みたいに剣速が早いから〝剣星〟なんて呼ばれてる」


 『逆』だったのである。

 朧の……剣星の目は濁っていた。それはゴブリン100体分のゴブリンをぞくりとさせるだけの、気味の悪い濁り方であった。

 そのまま見つめていると目を背けたくなるような、そんな目である。

 少し前にそれと似た雰囲気を、ゴブリンは体験していた。ちょうど魔法使い……バロンボルトに殺されそうになった時だ。


 すなわち、『死』。


「朧さんって、何人くらい人を斬ったんでしょうか。いや、殺したんでしょうか」


 セーラは少々考えるそぶりを見せた。


「さあ、どうだろうな。あいつが元いた国……つまり『十二の巻』で一悶着あったらしいからな。結構斬ってるんじゃないのか」


 なんでそんなことを聞くんだ、とセーラは首をかしげる。


「いやいや! なんでもありません。さあ行きましょう」


 ゴブリンは足を速めた。

 同時に思う。朧のあの目には確かに『死』が宿っていた。それも、『死』そのものと形容しても差し支えないほどに濃密な。

 いったい何人斬ればあのような『目』となることができるのか。想像するのも恐ろしい。


 同時に思う。ちょうど目の前に巨大な国への入り口の門が見えてきた頃であった。


 ひょっとして、

 もっとも警戒すべきは人外狩りを得意としている『剣魔』ではなく……


「…………まさか、な」


 〝剣星〟────────────

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