その20 評議会3
「なんだ? なんか知ってんのか?」
「いやいや知らない! 知りません! 知りませんとも!」
ソラは慌てて水を飲んだ。喉にじゃがいもかつまりそうになる。
主は訝しげな視線を送っていた。ソラはできるだけ冷静であるように努める。
いつものように肉を切り、いつものように口に運んでいつものように食べる─────フリをした。
『ゴブリン100体分の強さを持つ』ゴブリン─────キングゴブリン。
近々中央ギルドエレメンタリア支部で討伐指令が出されるという。Ⅱ級。賞金500万ツーサ(※1ツーサ=1円)。
どう考えてもあいつじゃないか。
ソラは胸中で少し前にあった、改心したあの人物を思い出した。ゴブリン100体分の強さを持つゴブリン。心を落ち着けるため水を飲もうとするが、グラスが空であったためウェイターを呼ぶ。
それから冷水を一気に喉に通すと、再び思考した。
「(……ちっ)」
あいつか。
入れ違いだ。今頃もうセーラとともに、エレメンタリア評議会、すなわち『春のない国』へ向けて出発しているはずである。
しまった。残念だ。あのとき逃さないでぶち殺しておけばよかった。
得てしてありかちなゴブリンの生存と今後を心配するのではなく、ソラは心底正直に悔しがっていた。
当然ながら目の前のこの男にはその素振りを見せないようにしているのだが。
どうやらうまく隠し通せているらしい。主は特に疑った様子もなく、最後に切り分けた大きな肉を口に運んだ。
「まあとにかくな、そいつを殺しに来たんだが、いないんじゃ仕方がねえ。ちょっと早いが俺は幻想の国へ行くとする」
ちょうどそのステーキの皿が空になる頃だ。主はナイフとフォークを置いた。あれほどあった肉がもうほとんど残っていない。
一方のソラは、そんな主を見ながら別なことを思う。ステーキはまだ半分以上残っていたのだが。というより全く手をつけていなかった。
考えることは当然、金の工面だ。
旅費をどう賄うか。
主が全部こちらの獲物を持って行ってしまったため、賞金稼ぎができないのである。
ランクを考えるに、最低でもⅢ級くらいのを何個か倒したかったのだが。
「……」
目の前に、
『それ』がいることにはいる。そう、完全にエレメンタリアの賞金首は狩られてしまったわけだが。
かといって賞金首がいないわけではないのだ。ソラのメタルフレームの銀色の瞳は、その『賞金首』を捉えていた。食後の一服なんか行っている。
すなわち、
『主』。
お前も賞金首だろう。しかもⅠ級だ。キングゴブリンなんぞ問題にならないほどの、超超超大物。
ただしあまりにも強すぎて・あまりにも強大すぎて手に負えない。額はかけられているものの事実上はザルだ。捕まえられる人間が誰もいないからである。
現に、彼が我が物顔でギルドに出入りしているあたりそれが証明されているというものだ。
「……ふむ」
「あんだよ。どうかしたのか?」
「いえ、なにも」
こいつを狩るか。
ちょうど主は余所見をしていた。プカプカ煙の輪っかなんぞ作っている。
テーブルを隔てた距離。内ポケットのリボルバー拳銃『ランド』はもう弾丸が入っている。この分なら抜き去るまで1秒もかからないだろう。出る賞金もそれこそキングゴブリンなんぞ無視できるレベルだ。当面金の問題を心配しなくて済む。
それに、
個人的にも殺したいところだ。
考えるよりも早く、ソラはコートのポケットに手を入れていた。
利き手…右手がヒヤリとした感触を掴む。
と、感じた時にはもう、一気に引き抜きにかかっていた。超高速の早撃ちである。撃鉄は起こされ、人差し指はトリガーに……。
そこで、
ほとんど同時。否、一手早い。
ソラは喉元に突きつけられたフォークを見る。ちょうど自分がランドを引き抜き、まさに主の眉間に突き付けようとした瞬間であった。
「……俺と会ったらすぐ殺そうとしやがる。変わらねえなあお前は昔から」
言いながら主はフォークを戻す。
ゆっくりとソラもランドを下げた。
「………お見事です」
***
「ボルトランドを魔改造しやがったのか」
「ええ。知り合いの知り合いの方にね」
何事もなかったかのようにソラは座り直した。やってきたウェイターに、ステーキを下げてもらう。
まだほとんど手をつけていなかったのだが、とても食べる気にはなれなかった。
ちょうど腰のホルスターに入れていた『ボルト』とともに、双銃をテーブルの上に置く。
「ちょっと見せて。へえ……いろんな属性弾が打てるのか」
主は一目見てその変化を見極めることができた。
通常ホライゾン社から販売されていたボルトランドと異なり、ソラのランドは銃身が8インチ、ボルトは7インチほど。
普通のそれよりも長いのである。
のみならず、明らかに他の銃と比べて頑丈に作られていた。
「……『双銃術』。使ってやがるんだな」
激しい動きに耐えうるための頑丈な魔銃二挺。それを必要とする動作。
近距離で効果的に相手と戦うための銃による闘法・双銃術。それしかない。ソラはピクリと眉を上げた。
「ええ」
「お前だけだからなあ。俺の技を忠実に受け継げたやつは」
『双銃術』は、戦闘方法と言うよりは技術である。
その銃の扱い方は、どちらかというと西側ではなく東側の『武術』に近い。
護身の術だ。主は言う。すなわち危険が迫った際に、身を守るためのもの。
「お前によ」
主は身を乗り出した。
「双銃術を使わせるだけの相手がいるってことか」
ソラはその問いに答えなかった。
「……さあどうでしょうか。ただ、ひょっとするとあなたも会うことにかもしれませんよ」
主曰く『使わせた相手』。すなわち魔法使い。
彼らは今ごろ幻想の国にいるだろうから。




