その19 評議会2
180cmをゆうに超える筋骨隆々の巨体、黒いジャケットにサングラス。
初対面の人間に明らかに恐ろしい印象を与える強面。そして背負った身の程もある長大な狙撃銃。
そんないつもの格好である主は、ソラの対面にどっかと腰を下ろした。そのまま出て行こうとしたのだが彼女が引き止めたのだ。
傍に狙撃銃『N7110』を無造作に置く。黒の長銃身に巨大な砲口。さながら兵器である。これを片手で棒切れのように振り回しながら戦うのだから、たまったものではない。
「……なるほど」
「あん? なんだよ」
こいつか。
100を超える魔物を全部倒し、凶悪な賞金首を一網打尽にしたとかいうふざけた野郎は。
いや頷ける。数百の魔物・賞金首を狩る。プロの賞金稼ぎの集団でも到底不可能かもしれないが、この男なら可能だ。
他ならぬソラ自身が一番そのことをわかっている。
「あなたが周囲の魔物をみんな倒しちゃったせいで、もうクソザコナメクジしか残ってないんですけども」
ソラはこれまでの経緯を話す。長い銀髪を耳にかけた。
メタルフレームの奥の瞳には感情が宿らない。『不愉快』という感情を表に出して悟られることすら不愉快と言った様子であった。
少し前……機械の国で主と会った時もこんな反応である。ところがどっこい。その元凶はどこ吹く風であり、ひらひらと片手を振った。
「んなことは俺に言われても困るぜ。依頼があったからこなしてやっただけだ。というかお前らもエレメンタリアにいたとはなぁ」
言いながら主はウェイターに大声でメニュー表を頼んだ。
ギルドは酒場も兼ねている。多少値段がかさむものの、素材を持ち込めばその場で調理してくれるサービスも行っているため活気はある。
ちょうど昼時で、濃い香辛料の匂いが厨房から漂っていた。
「まだ飯食ってなくてな。あ、このデカいステーキ(適当)にしよ。おい、お前もなんか食うか?」
批判がましい視線を受けても飄々としているのだから手に負えない。
ソラは無言で主からメニュー表をひったくった。せめてもの反抗として一番高いやつを頼んでやろう。というわけで主と同じステーキを注文する。大盛りでオプションのトッピングも全部乗せてやった。
注文を終えると、グラスに注がれた水に口をつける。
「で、」
「なんであんたがこんなところにいるんですか。雑魚狩りのためにエレメンタリアにやってきたんじゃないでしょう」
主もまたがぶりと水を飲んだ。
「何を言うか。俺だってたまには正義のためにだな……いや待て冗談だ冗談。そんな怖い顔すんじゃねーよ」
言いながら煙草を咥えた。くしゃくしゃの箱に、安物のライター。どこまでいってもこの男は変わらないなとソラは思う。
一度大きく息を吸い込むと、喫煙所の主は白煙を吐き出した。
「実はな、目的はここじゃねェんだ。『幻想の国』にちょっとな」
『幻想の国』。
ハオルチア大陸の書物の40%が刊行されているという、物書きの物書きによるための国だ。
あらゆる執筆産業が盛んで、国もその産業を推し進めているという。
それだけではない。ソラは思考する。どうにも気にかかることがあったのだ。
数日前に路地裏で交戦した賢者〝大召喚士〟ゼダムも言っていた。魔法使いは『幻想の国』に用事があると。
悠々自適、自由気ままに生きる自分の師匠も同じタイミングで同じことを言う。何か関係があるのだろうか。直接聞いてみようかと思ったが、
魔法使いに関する情報を渡すことになる。どうにも癪に触るためやめた。
「……作家にでもなるおつもりで。それとも、なんです。そこに欲しい宝でもあるんですか」
『主』は現在『コレクター』(宝物を集める冒険者のこと)として生計を立てている。
アンティークギルドというギルドに所属していた。非合法に貴重品を扱う、言うまでもなく闇ギルドである。
「察しがいいじゃねえか」
やはり。
目的は宝か。ソラの言葉に、主はニヤリと笑った。
「ちょうど数週間後にな。幻想の国で『ファンタジア祭』っちゅう大規模な祭りがあるんだよ。なんでもフィクションの祭典らしい。
投票で最高の作品と作家を決めるとかいう。まあ俺らみたいなアウトローには関係ねえ話だ」
「それで?」
ファンタジア祭。
小説家の国による、小説家のための祭り。
主の話では相当大規模であるという。聞いたものの、ソラはあまり興味を持てなかった。そもそも読書自体あまりしないし……。
「んでよ、相当デカイ祭りだ。賞金の額もバカにならねえ。で、デカイ金が動けば当然それを狙う悪者もいるし、警護する正義の味方もいるって算段だ」
金が動けば人が動く。そして、人が動けば宝もまた……。
主はそう言って締めくくった。いやちょっと待て。肝心なところが聞けてないぞ。
「『宝』はなんなんですか。あんたが狙うんです。さぞかし良いものなんでしょうね」
「はっはっは! それは言えねえな。お前が素知らぬ顔して横取りするってことも考えられるしな」
実際、目の前のこの銀髪の弟子はそういう狡猾さも兼ね備えている。
ソラはともかく目ざといのだ。昔からそうだった。狙撃手としての臆病さ、これ以上ないほどのずる賢さ。超人的な射撃技術や狙撃能力もさることながら、駆け引きにおいてもこの女を敵に回したくない────と主は思う。
彼はそこで言葉を切った。ちょうどステーキが運ばれてきたからだ。新鮮な肉に、濃い味付け。良い匂いを発している。
ソラもまた答えてもらえるとは思っていなかったのだろう。
無言でナイフとフォークをとると、これまた無言で肉に切れ込みを入れた。
***
「ちなみにな」
「え?」
主は大きめに切り取った肉を飲み込むと、まだ切り分けているソラを見た。
「俺がここで雑魚狩りをやった理由はもう一つある。闇ギルドから掴んだ情報があってよ」
『闇ギルド』と言ったところで、主は声をひそめる。
「お前、『キングゴブリン』って知ってるか。文字通りゴブリンの親玉だ。近々こいつに賞金がかけられるらしい。500万ツーサだとよ」
500万ツーサ。これはすごい。当面の旅費や食費を工面してもまだ余る量だ。
ギルドの賞金首は全部でランクが四つに分けられる。難しい順にⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ級だ。Ⅱ級の賞金首は数えるほどしか存在せず、
またその強さも折り紙つき。したがってそれこそ強力な賞金稼ぎでないと討伐することは不可能であろう。そもそも指定されることもほとんどない。
多くの場合、Ⅰ、Ⅱ級の賞金首の所在が不確かであるからだ。現に主もそれら大物狙いだったのだが、倒したのは全てⅢ級以下である。
「ランクは?」
ソラは尋ねた。「Ⅱ級だ」……主はこれまた声をひそめながら言う。
「しかもよ、キングゴブリンのいいところは『希少価値』だけでⅡ級にいるってことさ。他の賞金首はそれこそ化け物みたいなのばっかりなんだからな。
考えてもみろ。ゴブリンだぜゴブリン。片手でも殺せる。」
対して強くもないのにその希少性からⅡ級に抜擢される───予定である。
しかも潜伏場所が判明した状態で、だ。賞金稼ぎが血眼になる様子が今からでも容易く想像できた。
なるほど闇ギルドに精通しているだけあって、主の情報は目から鱗である。
どうやら彼はキングゴブリンの情報を探してエレメンタリアギルドを訪れたのだという。しかしまだ公開前で……とこういうわけか。
ところがである。次いで紡がれた彼の言葉に、ソラは口に入れたフライドポテトを吹き出しそうになった。
「……なんでもゴブリン100体分の強さらしいんだ。きっかり100体分。な? たいしたことないだろう?」
 




