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その16 新緑の布4

 というわけで、エクスは剣征会の敷居をまたいでいた。

 時間が時間だが、部屋の窓からは煌煌こうこうと明かりが漏れている。守衛もエクスのことは知っており、従って通してくれた。


「ええと、セーラさんの部屋は……」


 確か3階の一番手前だったか。前孤児院の一件で訪れたことがある。執務室も兼ねているそうで、非番の日以外は大抵ここにいた。もっとも今は時間が時間であるが。

 そこまで歩いていく。左右のオレンジ色のランプが赤色の絨毯をぼんやりと照らしていた。

 というかこんな時間にいるのかなあ。もしもいなかったらひとまずゴブリンは俺の部屋に……そう思いながら扉をノックした。


「ん?」


 ぅ……うぐ…………


 その時である。彼は耳を澄ました。最初聞き間違えたかと思ったのだが、

 中から妙な声が聞こえてくる。エクスはノックする手を止めた。


 ぐ……くぅ……お、おい


「せ、セーラさん……?」


 ひぃっ! も、もう勘弁して……


「セーラさん!?」


 いや待て何かおかしいぞ。エクスは慌ててドアノブを回す。この前と異なり、扉に鍵はかけられていなかった。

 何かに襲われているんじゃなかろうか。でもセーラさんほど強い人が一体誰に!? 

 そんな心配とともに一歩部屋に踏み込む。神剣に手をかけかけていたエクスの思考は、ところがである。別の意味で吹っ飛んだ。

 一番隊執務室に入った瞬間、彼の目の前に飛び込んできた光景。


「おいロロ! ロロ! も、もういいだろう今夜は! 今ので終わりな! はいおわりおわり!」


「…………ん………………やだ。……もういっかい。…………朝までヤる」


 それはいつもの制服に剣装ではなく、ロングスカートにブラウスという格好のセーラ。 

 とワンピース姿のロロであった。それだけならいいのだが、ソファの上で抱き合っている。

 のみならず、お互いその服が乱れているのだ。


「!!!!!!??????wwwwWWWWWwWW!!!!???WwWww!!!wwWwW!?WWWWWW!!!!!????Wwwwww」


 いやいや。

 これはいけない。エクスは二人のあら^〜が終わった直後に運悪く鉢合わせしたのかもしれなかった。いやそうじゃないかもしれないが。

 一瞬硬直し、ついでセーラと目があった。エクス頭を下げる。


「す、すいません! 失礼しました!」


 ついで慌てて踵を返した。その背後からセーラの上ずった声が飛んでくる。


「ま! 待て! エクス! 違うんだ勘違いしないでくれ!! なあロロ、ほら、人が来たから……」


「………………」


 ロロはじろりとエクスを見た。いつもの黒いワンピースであるが、やはりあられもなく乱れているんだから目のやり場に困るもいうもので。

 しかも引き止めたセーラの服も同様である。ロロは彼女に抱きつきながら、愛おしそうにその人差し指を舐めていた。そのままエクスと目が合う。それまでの恍惚とした表情から一転、心底邪魔くさそうに表情を変えた。


「……………………消えろ」


「はい」


「ちょ、まて! 待て行かないでくれ死んじまう! ……ああもう! おいロロこれで勘弁してくれ。ん……」


「…………んぅ……んあ………ゃあぁ………ぷは。……………………分かった」


 いいのかな。ここにいて。いやマジで。セーラに言われたものの、なんというか身の置き場がない。とりあえず見ないようにした。

 舌と舌、粘膜と粘膜が絡み合う淫靡いんびな口付けを終えると、唾液の架け橋がぬたと床に落ちる。ロロは熱っぽい息を吐き出してセーラを見上げていた。

 彼女の方から初めて『シて』くれたわけで、それだけでもう幸福の絶頂である。視界がグラつくような錯覚を覚え、頬が上気する。いやしかし書いてて恥ずかしくなってくるなこんな描写。

 

 ロロは大人しく出て行こうとした。

 そのまま夢現ゆめうつつで歩き去ろうとしていたため、セーラは慌ててワンピースを整えてやる。たくし上げられた裾を戻した。

 ふらふらとした去り際にエクスとすれ違ったが、もう彼のことは眼中にないようであった。


 というわけで、

 嵐のように状況が二転三転した結果、ようやっと静寂が訪れる。セーラははだけた胸元のボタンを直しながら、心底疲れた様子でエクスを見た。


「よう、まあ座れよ」


***


「は、はあ……失礼します」


 彼女に勧められて、エクスはソファに腰を下ろす。まるでこれから叱られる子供のように、ぎこちない動きだった。自然に振舞おう振舞おうとすると逆に妙な仕草になってしまう。

 セーラはやつれているようにも見えた。対面に腰を下ろし、深く深いため息をつく。乱れた髪をそのままに、気まずそうに頬を掻いた。


「さっきのはその、見なかったことにしといてくれ」


「は、はぁ……」


 どういう反応をしていいのかわからず、エクスは手持ち無沙汰げだった。とりあえず頷く。

 反応に困って壁に掛けられた長剣『エリュシオン』に眼をやる。純銀の鞘は磨き抜かれており、曇り一つない。

 なんでもオリハルコンの刃を格納する上で、一番相性がいい鉱石が銀……それも不純物一つない、超純度のそれであるという。


 しかし、

 いや驚いた。セーラさんがまさか……


「おい。ちょっと待て」


「は……はい……?」


 エクスの考えていることが分かったのだろうか。

 セーラは慌てて片手を振る。


「誤解すんなよ! 「セーラさんがまさか……」とか思ってんじゃないだろうな。私はその、あれだ。そっちのけは断じてない。あら^〜じゃない」


「あ、さいですか分かりました」


 いやそうだろうな。

 セーラの反応を見ていればわかる。それからもう一度彼女はため息をついた。


「ロロを勧誘するとき剣の手合わせして打ち負かしたんだけどよ。それでなんか気に入られちまってなあ……。

 ったく困るぜこっちは。体力が持たん。あーしんどかった。いやお前が来てくれたおかげで助かったよ」


「は、はあ」


「いつもはうまく逃げるんだけど。今日は残業しててな。ミスって捕まっちまったんだ。あぁ疲れた……」


 セーラさんも大変だな。

 エクスはこのとき、心の底からそう思うのだった。


「お、お茶淹れます俺」


「……ああ頼む」


 エクスは立ち上がった。隅の方の小さな魔導薬缶を手に取る。


「セーラさん」


「ん?」


「……お疲れ様です」


「…………おう」


***


 ロロは6番隊執務室……ではなく、自室に戻った。

 剣征会の隊員は本部に私室を持って住み込んでいるものと通っているものがいる。ロロは前者であったのだ。

 暗い、必要なもの以外何もない部屋。電気もつけずにベットに倒れこむ。全身汗まみれであったが、とても風呂に入る気にもなれない。


「………………セーラ、さん」


 先ほどの情熱的な振る舞いの数々を思い出し、ロロは小さく喘いだ。

 幸福な時間だった。自分にとっては至上の、誰にも邪魔されたくない時間。


同時に、過去のことを思い出す。


 誰からも望まれずに産まれて。

 皆から望まれて死んで。


 もともと自分はそういう存在だった。ハオルチア大陸における刑務所、天獄島『アルカトラズ』にいた頃を思い出す。濡れて錆びた鎖、分厚い鉄格子、拷問の悲鳴、死天使の鳴き声。

 あそこで本来自分は死ぬはずだった。誰からも必要とされずに死ぬつもりだった。ところが、言うなれば生ける屍状態の自分にもう一度『生』を吹き込んだ。


 それがセーラ・レアレンシスだった。


      ロロ・ペヨーテだな


      私と組まないか。


 迎えに来た彼女の言葉を思い出す。

 それは啓示だった。初めて自分を必要としてくれた。それは生きる意志、理由そのもの。全身から湧き上がる崇拝にも似た激動の感情。

 それがやがて狂おしいほどの『愛』に変わるには、多くの時間を必要とせず。


「………………セーラさん……ん……っ! んぁ…………やぁ……セーラさぁん………」


 先ほどの情景を思い出し、また熱っぽい息を吐く。彼女は何度も何度もセーラの名を呼んだ。

 が、

 そこであることが思い出され、一気に現実に引き戻される。


 ちょうど先ほど現れた一人の青年。どうにも描写するべき特徴がないくらい没個性な青年だった。彼のことである。

 確か彼は……『銀色のスナイパー』の仲間だったはずだ。魔法使いと交戦していた時いたな。


 銀色のスナイパー。


 また()()()か。

 思えば魔物狩りの時も如月とかいう和服の剣士に邪魔され、そしてさっきのめくるめく時間も没個性に邪魔され。

 おまけに親玉ゴブリンを仕留めようとした時も銀色のスナイパー本人に邪魔され。


 しかも、


 『セーラさんの友人です』


 『ああ、ソラのことか? 友達だよ。昔からのな。はは、親友って言えるかもしれねえ』


 ロロはふとセーラのその言葉を思い出す。

 心の中に一点、まるで燻るように何か黒い物が鎌首をもたげるのが分かった。しかもそれが、秒ごとに大きくなってゆくのだ。

 セーラの友人とかいう、あの銀髪のふざけた女。3度も私の邪魔をした狙撃手。セーラの友人。友人友人友人友人友人。

 親友親友親友親友親友親友親友。


 崇拝の感情、それはやがて愛へと変わり、否、












          『歪んだ愛』だった。












「………………殺す」


 ロロは気がついたら歯ぎしりしていた。ギリギリと軋む音が自分の耳に響く。


「……………………あの銀髪の女、殺す」


 これ以上ないほど強く握り締められた拳は、ガクガクと震えており。

 点火された今日中の火種は、やがて燃え盛る業火へと変貌していた。憎悪の、途絶えることのない炎。


「こ、殺す!!! ……絶対殺してやる…………っ!!!!」

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