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その15 新緑の布3

「あのう、これから俺はどうすればいいんでしょうか」


「はい?」


 親玉ゴブリンは開口一番そんなことを言う。ドアの入り口に遠慮がちに立っていたので、ソラはとりあえず部屋に入れた。

 ところがである。なんかゴブリンは遠慮がちであった。先ほどと比べてどこかたどたどしい。服の裾を正したりして、なんとなく行儀よくしていた。

 親玉ゴブリンはまた先ほど尋問(?)されていた椅子に座る。ぎしりと背もたれが軋んだ。


「実は行くとこがないんです」


 言うか言うまいか迷うような。わずかに間を置いてから、彼は口を開く。

 エクスとソラは顔を見合わせた。


「あの賢者のところに戻ればいいじゃないですか」


 ゴブリンは心底驚いた顔をする。


「そんなことできるわけないでしょう! 俺は捨てられたんですから。戻ったら殺されるだけですよ」


 これはバロンボルトというあの三角帽子の魔法使いが言ってたことである。

 お前はもう用済みだ。ゼダム様直々に殺してこいと命じられた───思い出す。今更戻ったところで、間違いなくまた殺されるだろう。

 いうなれば自分は捨てられたのだ。ひしひしとその事実が双肩にのしかかり、親玉ゴブリンはがっくりと肩を落とした。

 その姿を見て、今度はエクスが言葉を紡ぐ。


「ギルドかどっかに雇ってもらえばいいじゃないか」


「めちゃめちゃデカいゴブリンが雇ってくれと言ったら、あんたなら雇うか? 魔物なんだぞ俺は」


 なるほど。

 そういえばそうかもしれない。亜人ならまだしも、魔物は普通忌み嫌われる存在だ。


「じゃあ闇ギルドとか」


 魔物、もしくは魔物と人間の合いの子。

 そういう存在も闇ギルドの中には少なくない。……ということを、ソラが言っていたことを思い出す。

 ところがである。またもやゴブリンは首を振った。


「いや、不正はしたくない。俺は心を入れ替えると決めたんだ。『ゴブリン100体分のゴブリン』じゃなくて、『綺麗な心を持ったゴブリン100体分のゴブリン』になる」


 そこでゴブリンはエクスからソラに向き直った。

 それまで黙っていた彼女。ゴブリンの妙にかしこまって伸びた背筋に、わずかに首をかしげる。


「なあ、スナイパーの姉御あねご


「あ、姉御……?」


「俺を仲間に加えてくれないだろうか」


***


「」


 ソラは絶句した。


「」


 エクスも絶句した。

 そんな姿を見て、いややはりそうなるだろうな。親玉ゴブリンは手を合わせる。


「頼む! あんたらしか頼るあてがないんだ! この通り! 殺そうとしたことは本当に謝る! だから頼む!」


 ゴブリン100体分のゴブリンの巨体が一気に小さくなった。

 目の前で土下座する彼を見て、ソラはエクスと顔を見合わせる。

 それからどちらともなく「まあまあ」と、彼を座らせようとしたのだが、ゴブリンは部屋の隅の方で小さく正座をした。

 ソラは困ったように『ボルト』に一度触れる。ホルスターに直すと、ゴブリンを見た。


「いやしかしですね。ゴブリンさん」


「『ゴブリン』じゃない。『ゴブリン100体分のゴブリン』だ。一緒にしないでくれ」


「ああ失礼。ゴブリン100体分のゴブリンさん。いいですか、私は殺し屋なんですよ。言うなればアウトローです。

 あなたが改心したのなら、むしろ私たちの仲間になるべきじゃないと思いますが」


 ゴブリンは顔を上げる。


「しかし、姉御は義賊だろう。る人間は悪人ばかりと聞いたぜ」


 あの運転手の方から。

 言いながらゴブリンはエクスを指差す。しまった、余計なことを言わなきゃよかった。

 エクスは釣られたソラの批判がましい視線を受けて、ばつが悪そうにした。


「運転手も用心棒も間に合ってますよ。観測手スポッターも私は必要ないですし」


 仮にゴブリンを雇うとしても、だ。

 さすがにただ居候(?)させるだけじゃあやってられない。

 食費もかさむし、何よりとても目立ってしまうだろう。

 ソラは腕を組んだ。どうやらゴブリンが割と本気で頼み込んでいるのが伝わったらしく、真面目に考える気になったようだ。


「あなたが仮に私の仲間になったら、どういうことをするんですか。その内容によっては検討しましょう。ねえ、エクスさん」


「え? あ、はいそうですね」


 ゴブリンは少々考えるそぶりを見せた。

 さて、自分の強みか。なんだろう。まず初めに思ったのが戦闘力である。なんてったってゴブリン100体分だ。


 しかし、

 ゴブリンはソラを見た。『銀色のスナイパー』。賢者と張り合えるほどの狙撃と射撃の達人。

 プラス、あの和服の剣士。名前はなんといったか、そうそう如月さんだった。こと『戦い』という面では、彼女も自分とかぶっている。

 じゃあ移動手段。これはエクスとかぶっていた。車の運転なんてできないし。


「如何ですかゴブリンさん」


「う、うーんうーん。そうだな…………あっ!!」


 やがて、

 閃いたというようにゴブリンは顔を上げる。


「ま、マッサージ担当とかどうでしょう? 姉御、肩こってませんか」














「……お断りします」


「ソラさんバラバラになっちまうよ」


***


「はぁ……もう俺はダメだ…………悪いやつだ。いやあんたらを殺そうとしたんだから悪いやつに決まってるか……はぁ」


「お、おいゴブリン」


「ゴブリン100体分のゴブリンだ」


「ああすまん。いやゴブリン100体分のゴブリン、気を落とすなよ。とりあえず俺の部屋に来ないか」


 というわけでソラと別れてから。

 もうゴブリン……じゃなくてゴブリン100体分のゴブリンは宿の廊下で意気消沈していた。その巨体にすれ違う人がチラチラ見つめている。

 変装しているためなんとかバレていないようだが。あまりにも不憫に思ったエクスは声をかけたのだった。


 というわけで彼の部屋。

 ゴブリンは備え付けの部屋に腰掛ける。ミシミシと椅子の悲鳴が聞こえてきた。


「なあ運転手の旦那、あんたからもう一度姉御に頼んでもらえないだろうか」


「うーん。そりゃあ頼んでみてもいいけど、どうだろうなあ」


 もしもエクスがソラの立場であったら、うーむ多分仲間に加えてやっただろうな。俺はお人好しだし。エクスは思考する。彼もまたベッドに腰掛けた。

 どうもこのがっくりと肩を落とすゴブリンを見るに、なかなか外にほっぽり出せないのである。その点はさすがソラさんだなと思った。

 情を挟まない。損得勘定だけできっぱりと考える。あのメタルフレームの奥の銀色の瞳は、聡明であったが、それは同時に恐ろしくもあった。

 ソラさんは頑固だ。一度決めたものは多分どんなに頑張っても覆らない。エクスはいう。ゴブリンはまた深いため息をついた。


「そうかぁ、怖い人だな。加減してたとはいえ『賢者』を出し抜いちゃうわけだ」


 ゴブリンは尻を掻いた。どうも焦った時の癖らしい。


「うーむ、しかしどうするよお前。寝る場所もないんだろう」


 エクスは考える。さすがにほっぽり出すのはかわいそうだ。

 かと言って自分の部屋に泊めてやってもいいが、それも一日か二日くらいのもんだろう。気休め程度にしかならない。


「ないなあ。賢者についていた時は寝ぐらなんかもちゃんとあったんだが、今はそれも」


「ふーむ」


 もう一度考える。

 賢者か。なんとなく相手のその言葉が気になった。賢者ねえ。さぞかし膨大な魔力を持っているのだろう。恐ろしい存在。

 賢者。『賢』者。


 『けん


「ん?」


 『けん


「あ、そうだ。」


 エクスはひらめいた。

 ゴブリンは首をかしげる。「どうかしたのか運転手の旦那」


「あの人に聞いてみよう。ひょっとしたら力を貸してくれるかも」

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