その13 新緑の布1
「あー……全くひでえ目にあった」
宿。
ようやっと帰宅した銀色のスナイパー一味は、ぐったりとベットに横になった。
時刻はもう0時を回っている。各部屋の前に夕食の用意がなされていたが、とても食べる気にはならなかった。
話し合わなければならないことが幾つかあるため、如月はエクスの部屋へ。彼女も疲れ切った様子だ。
「そういえばソラは?」
周囲を見回す。エクスの部屋の方が自分の部屋より広いな、なんてどうでもいいことを思った。
「自分の部屋でシャワー浴びてくるってさ」
「剣士の嬢ちゃん、あんた大丈夫だったのかさっきの」
問いかけられて如月は頷く。
そういえばエクスも気になっていたことだった。
ところが、如月は文字通りピンピンしている。
「バロンボルトとかいう魔法使いだろ。撃退してやったさ。正確にはゼダムとかいう召喚士が割り込んできてな。
『歌姫』が云々(うんぬん)とか言って、とどめを刺す前に撤退されてしまった」
「『歌姫』?」
エクスは聞き返した。当の如月も首を傾げている。歌手のことだろうか。いやいやそんなことあるはずないな。
考えてみたのだが、当然答えなど出るわけもなく。
それはそうと、勝ったのか如月のやつ。さすがはうちの用心棒。魔法使いすら勝利してしまうとは。
そこで如月はエクスたちにグッと顔を近づける。
「あいつら魔法使いはこれから『幻想の国』に向かうそうだ」
「幻想の国?」
そこに割って入る声があった。
「別名『物語の国』なんて言われてるな。執筆産業が盛んな、作家の国だそうだ。なんでもハオルチア大陸の書物の40%がここから刊行されてるとか」
「へぇーすごいな」自分の隣の人物の解説に、エクスは驚く。
ところがだ、ちょっと待てよ。
「っておい! ちょっと待て! なんでお前がしれっと俺たちの会話に加わってるんだ! こんなところに来ちゃって大丈夫なのか!?」
親玉ゴブリンであった。そう、親玉ゴブリン。エクスたちを襲おうとした、あの魔物である。
どこで拾ったのかスカーフなんか顔に巻きつけて、大きな帽子をかぶって変装している。
目元しか見えないため、ボロ布を纏った大柄な人間にしか見えない……多分。
「まあいいじゃないか。それよりも、聞きたいことがあるゴブリンの親玉」
如月は刀を腰から外すと、立てかけて自分もベットに座った。
彼女の琥珀色の視線と、ゴブリンの大きな瞳が交錯する。
「名前は『ゴブリン百体分のゴブリン』だ」
「どっちでもいい。いいか、言うなれば御主は人質なんだぞ。正直に答えないと今ここで斬り殺したっていいんだ。
質問に答えろよ。ただ助けたんじゃない。情報を得るために生かしたんだから」
言いながら如月は刀の鍔を押し上げる。
脅しのつもりであった。事実として彼女は、もしもここでゴブリンが暴れたり、質問に正直に答えなかった場合切り殺すつもりである。
手負いの魔物。その気になれば造作もない。
「…………」
すると、
これから行われるであろう、いわば尋問。
ゴブリンは反論するわけでもなく、殺さんと殴りかかるわけでもなく。
少し、悲しそうな顔をした。
***
如月はちょっと面食らったような顔。
鯉口を切った太刀を落としそうになる。
「あ、あれ? 反抗しないの……?」
ゴブリン百体分のゴブリンは無言であった。
顔を伏せ気味にしながら、帽子とスカーフのせいで表情を確認することはできない。
「ゼダム様に捨てられた今、もう俺は存在価値がないのさ。殺すなら殺せ。いや死にたくないけど。でも何もせず開放ってわけにもいかないんだろう?」
召喚獣ってのはそういうもんだ。吐き捨てるように彼は言う。
ゴブリン百体分のゴブリンは備えの椅子に座った。その重みにギシリと背もたれが軋む。
持ち前の体力で剣魔に斬られた傷の血は止まったようだが、それでも顔色が悪いように思えた。
「あの召喚士はそんなに強いのか」
如月は刀を置く。
「…………『賢者』の恐ろしさを、お前らは知らねえのさ」
***
それからつらつらと、ゴブリン百体分のゴブリンは語り始めた。
主に自分の主人『であった』ゼダムと、他の魔法使いについてだ。この点はエクスたちが聞きたかった場所でもある。
だからこそ目の前のこの魔物を助けたのだ。
「そもそも『賢者』ってのは文字通り、賢い魔法使いのことだ。今ハオルチア大陸には5人しかいない。『ペンタグラムの五賢』とは呼ばれてる」
数千年の時間を生きた魔法使いのことを、『賢者』というらしい。親玉ゴブリンは話す。
あの召喚士、見た目は12,3歳くらいであったじゃないか。にもかかわらず、実年齢は数千歳。なるほど魔法とはすごいものである。
「『賢者』は全員がペンタグラムを身につけてる。ペンタグラムってのはあれだ。五角形の星型のペンダントのことだ」
五芒星。
膨大な魔力を扱う能力を持ち、一国を滅ぼすほどの魔法を行使できる証拠。
『賢者』は必ずペンタグラムを身につけている。そういえば、ゼダムも首から、それこそペンダントのようにぶら下げていたな。エクスは思い出した。
「そう考えるとすごいよなあ、ソラさんって。その賢者に勝っちゃうんだもん」
ところがである。
親玉ゴブリンは首を振った。
「言っただろう。賢者は片手で国を滅せるんだぞ。少なくともあんたらの仲間のスナイパーと戦ったとき、ゼダム様は……いや、ゼダムは全然本気じゃなかったってことだ」
隣で如月が質問した。「そいつはどんな魔法を使うんだ? 召喚術と言っていたが」
「ああ。召喚術だ。生命体を別の次元から召喚して操る魔法のことだな」
俺もその魔法で召喚された。
ゴブリンは言いながら腕を広げた。
「俺は自我を持つ。そんな風にゼダムが召喚したからだ。ただ生物を召喚するだけじゃなく、どのくらい知能を与えるか、骨格、大きさ、身体能力はどのくらいか、固有能力はどんなものか。それさえ自由自在なんだ」
親玉ゴブリンの仲間であった、低級なゴブリン達。あいつらも全てゼダムが召喚したのだという。
しかもその理由が、ただなんとなく『銀色のスナイパー』一味にちょっかいをかけてみたかったから、だというのだから手に負えない。
「それだけじゃないぞ」と言う親玉ゴブリンの言葉で、一同は思考から引き戻された。
「あらゆるものをゼダムは、文字通り『召喚』できる。幻獣でも、魔物でも、果ては世界すら召喚できると豪語していたよ」
「世界!? なんじゃそりゃ」
「いや、俺もこの辺は詳しくは知らねえ。ただ、『賢者』が本気になりゃそれくらいのことが可能ってことだ」
「他の『賢者』は? 全員が召喚士なのか?」
如月が質問する。
「いいや、ゼダムが言うには確か……後の四人は『白魔術師』『黒魔術師』『幻術士』『錬金術士』だったかな。
それ以外のことは知らねえ。そもそも俺は最近召喚されたばかりだし」
そう言って親玉ゴブリンはガリガリと尻を掻いた。




