その12 双銃術3
「!? な……!! こ、これが……!!」
「ん? ダーイン? なんだって……?」
聞き返そうとするエクスの襟首を、ゴブリン百体分のゴブリンは引っ掴んだ。
「ぐえっ!」 悲鳴をあげるエクスとともに、大きく後退する。
「おい! 何するんだ!」
ところがである。そこでエクスは気がついた。ゴブリンの親玉の顔が、まるで恐ろしいものでも見たかのごとく引きつっていたからである。
今までの強気な表情は裏腹に、出血と関係なくその顔色は悪い。月の光に照らされてぼうっと表れる表情に、エクスは胸騒ぎを覚えた。
すると案の定。上ずった声。ゴブリンは剣魔を見る。
「気をつけろ、俺はゼダム様から召喚された時、ある程度知識をもらってるんだ」
ゴブリン百体分のゴブリンは『召喚獣』だ。つまり大元の召喚師がいるわけである。
ただの魔物ではなく、自我を持ち戦力的に行動する。
そんな親玉ゴブリン、与えられた予備知識を彼は思い出した。
「……魔剣『ダーインスレイヴ』にだけは、絶対に触れちゃならねえ……」
剣征会の面々の、現在判明している限りの『真打ち』の情報。
ゼダムが知る全てを、親玉ゴブリンは教わっていたのである。
オリハルコンの剣将、セーラ・レアレンシス。『その太刀を決して防御するな』
紅蓮剣姫、アイリス・アイゼンバーン。『爆炎を見たら逃げろ』
薄氷の絶剣、ドラセナ・アイスプラト。『『突き』を必ず躱せ』
〝剣帝〟、ドレッド・ダークスティール。『初太刀を打ち合うな』
そして、
狂気の剣魔、ロロ・ペヨーテ。
『その精霊に触れるな』
「ふ、触れたらって……」
エクスは改めてロロを見る。その両手に握られた双剣『クラウディア』。そして覚醒した精霊『ダーインスレイヴ』。
薄紫色の半透明の刀身は、先ほどと特に変わった様子はなかった。
しかし、ロロは先ほど確かに言ったのだ。『覚醒』……エクスはついこのあいだの、孤児院の件を思い出す。
あの時の二番隊隊長、第二真打ちアイリス。その精霊『レーヴァティン』は、覚醒した瞬間周囲を一瞬で荒野にした。
それほどの破壊力を持っていた。となると、この真打ちも。
「お、おい、どんな能力なんだ。ダーイン? ダーイン何ちゃらって」
エクスはビビりながら親玉ゴブリンに耳打ちする。
「『ダーインスレイヴ』だ。いや、俺も詳しくは知らん……ただな」
見たところ、外見的には特に変わった様子は見えない。例えば今まで彼が出会った真打ち。エクスは思い出す。
セーラのオリハルコンの剣は見るからに大業物という感じで、あれに斬られたらまずいだろうなと思った。
アイリスの精霊『レーヴァテイン』はいうまでもない。覚醒の瞬間に、その大精霊の強力さをまざまざと見せつけられた。
ところが、
『ダーインスレイヴ』? エクスは思う。何にも変化がないじゃないか。もう一度見てみるが、やっぱりアメシストの刀身はアメシストの刀身だ。
周囲が爆炎で満たされることも、万象を斬れるような様子もない。しかし、隣のゴブリンの尋常じゃない怯え。理由のわからない恐怖というべきものが伝わってくる。
そして、理由がわからないからこそ、その『怖さ』は何倍にも膨れ上がり。
「…………逃がさないわよ」
エクスと親玉ゴブリンに、ロロは言う。一歩踏み出して距離を詰めた。
濃紫色のツインテールがふわりと揺れる。同じように紫色、そして不健康に淀んだ瞳は、ところがらんらんと光を宿していた。
それは『狂気』だった。
「…………魔物も、殺し屋の仲間も」
本来『人を斬る』ということは忌避すべきものである。肉に刃が入る感触、それを断ち切る手触り。切る瞬間に断末魔。
エクスも(相手は人間ではないが)数回剣で切ったことがある。あの生々しい感触はできるだけ遠慮したいところだ。
ところが、
逆であった。口口の瞳に映るその光は、切ることを歓迎している。言うなれば『愉悦』。端的に表現するなら『悦楽』。
人を斬ることが好きで好きでたまらない。そんな、覗き込んでいるとぞくりとするような不気味な光だった。そういえば、バロンボルトが言っていたな。エクスは思い出す。
「元『人斬り』で、牢獄に幽閉されていたって言ってたな。お前……」
「………………それがどうかしたの。スナイパーの仲間」
バレてる。
これはいけない。なんで俺が『銀色のスナイパー』の仲間とバレッちゃってるんだ。
エクスは思考した。ソラさんと一緒にいたからか。いや待て、ということは目の前のこの真打ち、ソラさんのことを最初から知っていたということになるぞ。
「孤児院を私が襲ったことになってますから。その件で知ったんでしょう」
「あ、ああそうでしたか。って、ソラさん!?」
エクスのちょうど背後。
象牙色のコート、銀髪。まさしく噂の人物が歩いてくるところであった。
「召喚士の方は大丈夫だったんですか」
「ええ。少々手荒なことをしましたがね。さて」
こっちはこっちで荒れてますね。
言いながら銀色のスナイパーは、剣魔を見る。
***
目の前に現れたのは、一人の若い女性。
まず綺麗な人だなと、一触即発の状況にもかかわらずロロは思った。
それだけではない。
「…………そう、あなたがセーラさんの」
『銀色のスナイパー』。
こいつか。私が最も愛するセーラさんの友人とかいう、ふざけた奴は。
ロロは双剣をゆるりと構えながら思う。考えながら、同時に今自分が沸騰しそうなほど嫉妬していることに気がついた。
友人? セーラさんの? 友人。友人とはどういうことだ、友人。私を差し置いてよりにもよって『友人』とは。友人友人友人友人。
「ええ。友人です。そこまでご存じなんですか」
一歩前に出る剣魔。静かな殺気が周囲に満ちていた。エクスは『神剣』を慌てて構える。
ところがであった。踵を返す。ホルスターに釣った『ボルト』に手をかけようとしていたソラは、面食らったような顔をした。
「どこに行くんです」
「…………また、今度ね。『必ず』お礼させてもらうわ。セーラさんの友人の方」
『神速』を使った証拠である乾いた音。
次の瞬間には、剣魔は路地裏から消えていた。
 




