その10 双銃術1
『双銃術』は普及しなかった。
考案したのはハオルチア大陸最強と名高い一人の男。元大陸警察特殊強襲部隊『喫煙所』の主、ダイーサ・N・ライホゾーン。
又の名を〝伝説の狙撃手〟〝大陸警察最後の切り札〟〝生ける伝説〟〝ハオルチア最強の男〟〝銃聖〟〝プリケツ存在感〟〝天帝〟〝鋼鉄の弾丸〟……称号と二つ名を数えればきりがないほどの超人的な銃使いだ。
ところが、繰り返すことになるが『双銃術』は普及しなかった。スナイパーが学べば、いや、スナイパーでなくたっていい。銃使いが習得すればまず負けないであろう強力な戦闘体系であるのだが、全くと言っていいほど使用者はいない。
なぜか。
「ふ、ふふ……末恐ろしいな。なるほど……主の弟子なだけある。その圧倒的なセンス……」
『才能』である。
二つの銃を互い違いに扱う。簡単に聞こえるが、実戦でそれを、しかも剣士や魔物などの接近戦専門の相手に対して行わなければならないのだ。
言葉にすれば単純であるが、実戦まで昇華するとなると異常に難しい。そして、使いこなすのに最も必要な要因が、天凛の射撃センスであった。
銃に関する知識でもなく、
高い身体能力でもなく、
最も必要なことは才能。それも、少々の『天才』ではまだ足りない。
超人級、化け物レベル。そのさらに上だ。まさしく天錻とも言える、生まれ持った素質、力量。それらが必要不可欠なのである。
逆に言えば、
『才能』さえあれば、双銃術は誰でも習得可能であった。名前の通り、元をただせば『双銃』を効率よく扱う『術』でしかないのだから。
「お主、狙いを定めずに撃っただろう」
すべての召喚獣を蹴散らされたゼダムであったが、彼女はそれでも飄々としていた。
萌黄色の髪に一度触れると、好奇心に駆られた瞳でソラの銀色の目を見る。先ほどまで自分がこの銃使いを殺そうとしていたことなど、完全にどこ吹く風であった。
「ええ」
ソラは頷いた。
そう、ゼダムは術者として注意深くソラを観察していたのだ。そのさなか、気づいたことがある。
ちょうど一匹目のワイバーンを倒した次の瞬間のことであった。彼女はまるで二匹目、三匹目のワイバーンを視界に入れることなく、射撃したのである。
ワイバーンがどこから来るかわからないにもかかわらず、迷うことなく双銃の引き金を引いた。そして、実際に死体を見ればわかる。
ワイバーンは全員、『ボルト』の氷結弾で心臓を凍らされ、『ランド』の鋼鉄の弾丸で脳天を撃ち抜かれていた。寸分の狂いもなく。
「探知型の魔法でも使ったかの?」
ゼダムが問いただしたくなるのも無理はないだろう。ところが、ソラは首を振る。まあそうだろうな。
目の前のこの狙撃手、とてもじゃないが魔力を扱えるようには見えない。
ではなぜか? 期待とは裏腹に、ソラの答えは至極単純なものだった。ゼダムは思わず目を丸くして聞き返す。
「え?」
「ですから、『勘』ですよ。『勘』。なんとなく両方からワイバーンが襲ってきてるのはわかりましたからね、位置さえわかれば、ああこのへんかな……で撃てば当たるんです」
なんということはない、というようにソラは続ける。
「双銃術は『狙わないこと』が大切なんですよ」
「は? だって狙わないと当たらないじゃろ」
「そこを『勘』で当てるんです。考えてごらんなさい。中近距離だと狙いを定めてる内にバッサリやられちゃうでしょう」
ううむ。
ゼダムは唸った。なるほどそういうものなのだろうか。いや、百聞は一見にしかず。こうしてまざまざと見せられてしまうと納得するしかない。
超遠距離で狙いを研ぎ澄ませ、精密射撃を行うスナイパーが、それ以外の間合いでは狙うことなく引き金を引く。なんともおかしなものだ。
すると、ソラもクスリと笑った。それからゆっくりと腕を組む。
「さて、こっちの番ですよゼダムさん。帝国の誰が私を殺すよう『ペンタグラムの五賢』に依頼したんでしょうか」
「ふん……そんなこと……」
そもそも件の約束……銀色のスナイパーを殺すという帝国との密約は破棄したのだ。
今こうしてソラと戦っていることは、完全にゼダムの個人的興味でしかない。
ということを、馬鹿正直に言えるものか。
踵を返そうとする。ところがだ。そこで彼女は違和感を覚えた。足が動かない。
「な……ちょっと待て、いつの間に……」
「逃がしませんよ」
ゼダムは両足を氷漬けにされていた。
ちょうど膝あたりまで冷ややかな氷に包まれ、動かそうとしても全く動かないのだ。あまりにもソラの超人的な射撃技術に驚かされ、
どうやら感覚がバカになってしまっていたらしい。
「……『反射弾』。あら、聞いたことないんですか。まあそうでしょう。主は使わない技術ですから」
あの時、
すなわちワイバーンを氷撃弾で撃ち抜いた時のことである。ソラはもう2発余分に撃ち込んでいたのである。
ゼダムに見えないよう、その死角にだ。瞬時に角度を調整された氷属性の弾丸は壁にぶつかり、後方からゼダムの両足を襲った。
小柄な召喚士はソラを睨む。「……御主」。飄々とその視線を受け流しながら、ソラは左手で自動拳銃を抜いた。改めてその真新しい姿を観察する。
くるりと一度回転させると、大気中の魔力を取り込む浅い金属音が響いた。
「やはり『ボルト』は使いやすいですね。アイリスさんの知り合いの方に改造してもらったのですが、威力が低い代わりにあらゆる属性の弾丸を放てる魔改造がここまで便利とは。おまけに反動も少ない」
「……わしをどうするつもりじゃ」
「ご安心を」
ソラは『ボルト』をゼダムの眉間に突きつけた。今まで持っていたものとは異なる。新生した『ボルト』だ。左利き用に作られた、特注の一丁である。
シルバーの銃身が月光を反射している。近距離での激しい銃撃に耐えるため、通常の自動拳銃よりも重厚に作られ、バレルが数インチ長い。
同じような物理的な改造は内ポケットのリボルバー『ランド』にも施されていた。
「……あなたもまだ本気じゃないんでしょう。『賢者』がこの程度でやられるとは思いませんから。いつまで猫かぶってるつもりですか」
親指付近の小さなギアに触れる。属性を切り替える際には、ここと、それから薬指と中指付近。
合計で3つのギアを組み合わせながら、その場その場で最適な属性を選択することになる。銃撃の最中、片手でも操作しやすいように設計されているのだが、
ずっと旧式の拳銃しか使っていなかったソラにとって、ここら辺はまだ扱い慣れない。
「ふふ……ははは…………よかろう、教えてやる」
『予想以上』。
ゼダムは押し殺すように笑った。




