その9 新生ボルトランド9
『双銃術』。
スナイパーの弱点は何か。
ハオルチア大陸で狙撃を生業とする人物に聞けば、自ずと出てくる答えは同じであろう。
すなわち、『近づかれた際に一切無防備となる』。
これは何も狙撃手に限ったことではない。一般的な銃使い全員言い得ることだ。
いわゆる超遠距離から遠距離にかけては、銃は強い。
ハオルチア大陸で剣よりもこの武器が普及しているのは、扱いの良さとその攻撃範囲にあった。
しかし。
こと中距離以降に至っては、銃は弱い。使い物にならないとすら言えるだろう。
相手が弱者であれば、その限りではない。弱い人間ならば至近距離だろうと中距離だろうと、狙いを済まして引き金を引くことができる。
が、
例えば、剣征会の真打ちであったり、
例えば、身体能力に優れた亜人であったり、
例えば、超常的な力を持つ魔物であったり、
こちらが狙って引き金を引くよりも早く、間合いを詰めて攻撃してくる。一発や二発撃ったところで倒れないほど強靭な耐性を有していたり、
強力な魔法・魔導で強引にこちらを攻撃してきたりなど。
この広いハオルチア大陸には、そのような銃の利点を殺す生き物が闊歩していることも、また事実である。
「『双銃術』は、中距離から近距離に限った銃による戦闘体系を言います。文字通り、」
『ボルト』『ランド』を、ソラはくるりと回転させた。
「双銃によって。考えてみれば、もうちょっと洒落た名前をつければよかったですかね」
そう。
それは言うなれば護身の術であった。拳銃二挺のみを用いて身を守る、スナイパーの防御の型。
遠距離を封じられた場合の、かつ、複数の強敵と対峙した場合の。
直後に、轟音が響いた。
それが一生物の発する咆哮であると知るのは、もう少し後になってからである。
おそらく今宵、エレメンタリアのはずれで『それ』を見たものは、皆一様に首をかしげるであろう。
翼を掲げて、上空に飛び荒ぶ影が三つ。
それらが地上の『何か』を執拗に狙っているのだから。
「ほう」
ゼダムはにやりと笑った。
「召喚したワイバーンが一匹ではないとよく見破ったな」
***
ソラの判断は極めて早かった。定点に長く止まらず、踵を返して走りだす。
選択の速さこそが『双銃術』に必要不可欠な要素。最も重要と言っても過言ではない。切迫した状況で、相手より早く次手を打たなければならないのだから。
「……多重召喚……ですかっ!!」
「ふはは、ほれほれ逃げろ。食い殺されてしまうぞ」
無論、それだけではない。
高い身体能力。いわゆる激しく動き回りながら射撃する能力もまた、双銃を扱う上で必要不可欠であった。
合計三体のワイバーン。這うように襲い来る一体を、ソラは横っ飛びで躱す。
間髪入れずにボルトランドの引き金を引いた。発火炎とともに金属の弾丸が……
……否。
自動拳銃『ボルト』から放たれたのは、鋼鉄製の弾丸ではなかった。
『魔導』である。人工的な魔力の塊。言うなればエネルギー弾だ。
同時に『ランド』から放たれた金属の弾丸よりも早く、ワイバーンの右目を撃ち抜いた。
「!? ……氷撃弾!? かー、面倒なものを」
ゼダムは憎々しげに呟いた。悲鳴のような金切り声をあげ、無茶苦茶に前足を振り下ろすワイバーン。
顔面の半分以上が青い氷によって氷結し、周囲も凍傷を起こしていた。一発ではない。立て続けに3発同じ位置に撃ち込んだのだ。
さらに、眼前にソラの姿はなく、遅れてやってきた『ランド』の弾丸が脳天に風穴をあける。
ワイバーン、ドラゴン。一見一切弱点がなく最強に見えるこの二種類の生物の唯一の弱点は、『負の方向への急激な温度変化』である。
属性攻撃を行うなら凍属性、氷属性が最も効率がいいということは、ソラは自分の師匠から聞いたことであった。『主』の顔が思い出され、苛立たしげに脳裏から追い払う。
「だが、まだ二匹おるぞ! ほれ! 行け! 銀色のスナイパーを焼き殺せ!」
久々であったが、『双銃術』の極意はソラの体に刻みこまれていた。
機械式の、一撃一撃の威力が高い回転式拳銃『ランド』。
魔導式の、威力が低い代わりに連射と属性補助を行いやすい自動拳銃『ボルト』。
魔導と金属を合わせた一対の銃を一つの道具として。
銀色の髪がパラリと揺れる。一匹目のワイバーンを倒しても、そちらの方向は見ない。着弾したかどうか視認するまでもなかった。
間髪入れず、感じられる魔力。ちょうど自分の頭上。一匹は左から。そしてもう一匹は右から。左右から挟撃する気か。
こういう場合は……いや、考える必要などなかった。頭ではなく体が勝手に動く。
「(……だんだん思い出してきましたよ、主。あなたから受け継いだ戦い方を行うのは、)」
そして何より、
「……昔を思い出すので、非常に不愉快です……!!」
最強の武器──────
────────『スナイパー』としての『才能』
銃声。
全弾撃ち尽くしたその刹那、ソラはボルトランドを納める。
もう勝負はついたというように、彼女はゼダムを見た。
「な……!!」
「さて、これで満足ですか。ゼダムさん。いえ、『賢者』さん」
直後に、彼女の後方。
力なく倒れ伏す二体のワイバーン。巨体が地に落ちた衝撃の余波が、銀色のスナイパーのコートをはためかせた。




