その6 新生ボルトランド6
「ゴブリン100体分の力を持ったゴブリンの力を見せてやろう!」
「おらあああああ!!」
「くらええええええええ!!」
「たあああああああ!!!!!!」
ゴブリン100体分のゴブリンはその筋力に任せて大剣を振り回した。
壁が、地面が、無数の障害物が砕かれ飛散してゆく。
さすがは団体の長だ。剣術の心得があるらしく、太刀筋は鋭い。
「…………」
ソラはわずかに目を細めた。
先ほどの続きだ。自分の部下の帰りが遅い。ようやっと探してみればゴブリンに襲われており、真打ちが現れる。
つい一週間ほど前に孤児院の件で右往左往したばかりではないか。それこそ、小説や漫画ならばともかく(小説なんですけどねw)
ここまで襲われるとは通常思えない。運が悪かったということも考えられるのだが、しかし、それにしたってあまりにも出来過ぎている。
それだけではない。
疑問点はもう一つあった。
「うぉおおおおおおおおおおお(↑)っおお!!」
「殺してやるぞおおおおお」
「逃げ回ってばかりかああああ!!!」
「…………うるさい」
あのゴブリンだ。
大剣を振り回して剣魔に迫るゴブリン。ゴブリン100体分のゴブリンである親玉ゴブリン。
あいつも妙だ。ソラは思考する。彼女の知識にあるゴブリンとは、ひとまわりもふたまわりも異なっていた。
もう一度整理する。孤児院の一件、その数日後。
妙にゴブリンらしくないゴブリン。そして……
「エクスさん如月さん」
ソラは戦う剣魔とゴブリンの親玉を油断なく見つめる。
ここまでで一つ思いつくことがあった。多少危険を孕むが、それでも確かめてみなければならない。
「ここ、お願いします」
「え? あ! 危ないですよソラさん!」
エクスと如月が止めようとするのもそのままに、ソラは駆け出した。
ちょうど剣魔の斬撃をゴブリンが止め、揉み合いとなった瞬間のことだ。その隙をついて脇を駆け、なんとか逃走……ではなく、
壊れた外壁を乗り越えて隣の路地裏へと移る。やがてその背中は見えなくなってしまった。
「……逃げた? わけじゃないよな。え、どうしたんだろう」
「おいエクス! 避けろ!」
「!? うわっ!」
ソラを追おうとしたエクスであったが、そこで鍔迫り合いとなった剣魔とゴブリンが突っ込んでくる。
慌てて彼は右に飛んだ。自分が隠れていた大きなドラム缶がゴブリンの体重でひしゃげる。
あと少し遅れていたら自分も……そう考えて背筋が凍った。
「あのやろ……ちょっと待て! 一言言ってやる」
もう怒ったぞう。
エクスはペンダントサイズまで戻した神剣の時計部分に触れようとした。
……が、そこでふと気づく。あれ?
「ん?」
無い。
無い無い無い無い!!どこにも無いのだ。ペンダントの柄の部分。
そこに埋め込まれていたはずの、とても小さな小さなアンティークな時計。
波打った長針と短針がどっちも0時を指していたあの見慣れた時計が……見当たらない。
「どうした真っ青な顔して」
「い、いやなんでもない。え……まさか」
まさかまさか。
終わり!!!????
終わったのか。『時間の神の実験』が。いやそうとしか考えられなかった。まあゼータポリスから今まで使いまくったからな。
エクスは思考する。いつもあの見慣れたピンクの靄に連れて行かれないのが少々気になるが、いや待てよ、逆に考えれば毎回あそこに連れて行かれる確率も0ではないな0では。
分かりやすい能力であればあのピンクの靄に連れて行かずとも、こうして勝手に変えられてしまうということか。
となると、
その『わかりやすい』能力があるはずだ。なんだろう。こうしていてもすぐに分かるほどの、能力的な特徴。
探してみろ。エクスは立ち上がる。そのままゴブリンと斬り合う剣魔を見て、上を見て、そこでふと気がついた。
あ。
これか。
***
「おおおおお!! オラァ!!」
大剣の斬撃を、剣魔はひらりと飛んでかわした。
ワンピースの裾がパラリと広がり、華奢な太ももが露わになる。ちらりと後方を見ると、ちょうどエクスと目があった。
「………………覗くな、変態」
「な……見てねーよ! それに変態はお前だろ!」
裾を抑えながらロロは着地した。
その様子を見ながら如月は思う。目の前で戦うこの小柄な剣士、『見』に回っているな、と。
「(……確か、静の剣気とか言ったか……)」
剣征会の剣士達が扱う超自然的なエネルギー。体感では魔導に近いという。
相手の行動を先読みすることができるというそれを用いて、今現在ロロは回避に専念しているのだろう。おそらくここが分かったのも剣気によるものだ。
加えて、動の剣気で身体能力を底上げしている。あの華奢な体躯で双剣を操り、地面を、壁を蹴り多角的な動きができるのは、そういう所以であるらしい。
それはそうと、
剣魔は先ほどから全く攻めない。回避に専念している。縦横無尽なゴブリンの斬撃を紙一重で全て回避するのは、さすが真打ちといったところであろうか。
ゴブリンの体力的な消耗を狙っているわけではなさそうだった。顔を赤くする親玉ゴブリンだが、スタミナと体力はさすが人外。人の理を外れている。
となると、
「……なるほどな」
如月は小さく頷いた。
ソラが考えたことが分かったのだ。
***
「く、くそ! ちょこまかと逃げ回り追って!! ふぅん! ホォン!」
再び大ぶりな斬撃。
振り上げられたそれがロロの脳天を砕く……寸前、彼女は大きく地面を蹴った。
「!?」
次に着地した瞬間。その場にいた全員が息を飲む。
「な……!!」
ロロが降りたのは地面ではなかった。
「…………だいたいわかったわ」
相手の剣の上。
三次元的な戦闘を得意とする剣魔にとって、この程度容易いことであった。
両刃であっても、足裏に剣気を集めることで斬られることはない。横の動きで攻撃を回避し、縦の動きで攻め込む。
縦横を巧みに織り交ぜた『空間』を武器にした戦闘方法。濃紫の剣装をはためかせ、この瞬間初めて剣魔は攻める。
キィン。
金属音が路地裏に響く。
ロロは今度こそ着地した。
「…………あなた、普通のゴブリンじゃない」
「くっ……剣を……!」
交差させた双剣が月光の光を反射した時にはもう、ゴブリンの得物は切り裂かれていた。
もともと粗悪な鉄を使っていたからであろう。見た目の割にあまり硬くなかったらしい。ロロの後方で重たい音とともに剣の破片が落ちる。
「…………なんというか、『違う』」
アメシストの双剣を一振りすると、ロロはゴブリンに向かって言葉を紡ぐ。
そう、如月も、そしてそれより前にエクスも気づいていたことだった。
「……結構流暢に話すんだな」
やはり。
如月は思考する。ロロの言う通りだ。『違う』ぞ。この個体。
もともと流浪を行っていた以上、彼女も魔物や人外に関する知識はあった。その中でもゴブリンとは、いわゆる低級の怪物として有名だ。
すなわち、知能が低く極めて単純な行動しか行えない。群れで生活していることはあるが、人間を襲うのも至極単純。食物が欲しいから、犯したいから、ただそれだけ。
「(……少なくとも)」
「囲まれてる」
計画的に襲ったり、
「肉はいくつあっても困らんからな。さっさと殺して乾物にするとしよう」
食物を保存したり、
「ふはははは!! エレメンタリアで暴れるたびに肉と酒をもらえるのだ! 帝国は気前
がいいわい!」
対価を要求したりしない。
「……ほう?」
親玉ゴブリンはニヤリと笑う。おそらく如月が考えていること、
それからロロの言った言葉の意味が分かったのだろう。
砕かれた大剣を傍らに放り捨てると、岩石のようにゴツゴツとした拳を合わせた。
「よくわかったな。そうだ、俺は純粋なゴブリンじゃあない。力もある程度操作できる。すなわち」
直後、
その姿がわずかに揺らぐ。
「…………!!」
「『もっと上』の存在だ!! 行くぞ! ゴブリン300体分のパンチ!!」
否、
『揺らぐほど速く」接近したのだ。
強烈な拳がロロの体を、まるで紙屑のように吹き飛ばした。




