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その5 双銃ボルトランド5

 この時。


 ハオルチア大陸、西方、

 精霊国家『エレメンタリア』。商業区外れ、第四路地裏 最深部。

 時刻20時19分。


 その場にいた全員はめいめい異なった反応を取っていた。


 まず、剣征会六番隊副官 クリン。


「ウィヒヒヒ、おいでなすった。じゃあそういうことでっ」


 逃走。

 覚醒させた精霊。〝影縫い〟。

 その名の通り、『影』を操る精霊の力を用いて潜行する。収束するように自らの影が収縮すると、やがてそれは消滅した。


《殺せ》


 本来討ち取るべき敵を眼前に、背を向けて逃走する。一見すると自警団が行うべきではない。

 非難されそうであるし、もしも別の国なら始末書ものである。


 だが、

 それは言うなれば『例外』であった。自分の隊長のことを考えると、これは至極当然のことであるのだ。

 確かに逃走自体は非難されるべきであるが、その場に『彼女』がいたのなら話は別だ。

 もっと詳しく知るものは声をそろえて言うだろう。『ああ、それは仕方がない』『最善の手だな』『逃げるべきだ』云々。


《殺せ》


 『彼女』がそこにいる。

 それだけで、敵前逃亡の理由としては十分すぎた。

 あるいは、『逃走』ではない。『避難』というべきか。


「な……!!」


《殺せ》


「………?」


 エクスと如月は、


「うわっ!!」


「伏せろ!!!」


 回避。

 考えるより先に体が動く。それは生物が持つ防衛本能の賜物であった。

 大脳を介さずに、身体が勝手に反応したのだ。すなわち、反射。

 すなわち、()()()()()()()()()()()()()()。そう知覚した結果である。


 如月もエクスもほとんど同時に飛んだ。その場から大きく後退する。

 どろりとした生暖かい感触が全身を襲った。ぬめりのある赤黒い液体。自分のではない。顔を上げてみると、ちょうどエクスの正面。

 先ほどまでその場に立っていたゴブリンの下半身が存在している。上半身はばらけた臓腑とともに、傍に力なく倒れていた。


《殺せ》


「あいつは……!!」


《愉快でならない。悲鳴、絶叫、喚き》


 エクスは満月に照らされる『彼女』を見た。

 ちょうど真上。壁を蹴りながら三角跳びの要領でこちらに迫ってくる一人の人物。少女だ。


《あぁ……》


 濃紫色のツインテール。黒の簡素なワンピースの上から羽織る剣装は、同じく黒と見間違うほど濃い紫色。

 朝に剣征会本部の玄関で出会った少女だ。こちらが道を尋ねたが無視された。あの時と異なるのは、両の手に一振りずつ直刃の片手剣を握っていることである。


《私にとって、逃げ惑う者の声は────────────》





















「……………………………………ほら、見つけた」





















 そして、

 この場にいる全員の中で、ただ一人。


 もっとも戦闘力が高く、かつもっとも狡猾で、

 同時に、もっとも場馴れしている一人だけが、この中で違う行動をとった。


 避難したクリン。

 回避した如月、エクス。

 そして危機を察知して逃げ惑うゴブリン達。


 その全員と異なる挙動。すなわち、


「あら」


 『()()


「ほう、」


 一瞬のことだった。

 双剣から()()()()放たれた斬撃の雨。

 連続で使用される『斬空』。そのうち自分に被害を及ぼしそうなものだけを、正確に見抜き打ち落す。

 ほぼ全員がその場から離れ、障害物の影に隠れたにも関わらず、ソラだけは一歩も動かなかった。新生『ボルトランド』が火を吹く。

 サイレンサーの取り付けられていない自動拳銃『ボルト』が、着地したワンピースの少女の背中に向けられていた。


 振り返る。

 ワンピースの少女……第六真打ち、六番隊隊長〝剣魔〟ロロ・ペヨーテ。


「…………人の『お楽しみ』を、取らないでくれる」


「新手ですか」


 銀色の瞳と漆黒の瞳が交錯した。



《────────────狂おしいほどの、甘美な『悦び』に似ている。》


***


 剣征会の六番隊は、『切り込み隊』を務める。

 戦場、あるいは国家を脅かす脅威に対して一番に到来し、自軍の攻撃の起点を作るのだ。

 そのトップは


 〝剣魔〟。


 代々その二つ名を受け継いでいた。

 偶然か必然か、二振り以上の得物の使い手が多い。双剣で、敵軍を片っ端から切って切って切りまくる。

 文字通り、『剣』の『魔』。相手からすれば災い。剣に狂い、剣に死ぬ。

 しんがりと相まって全隊中もっとも危険な職務は、隊への献身がなければ不可能であった。


「……で、」

「…………なんなのあんたたちは」


 剣魔、ロロ・ペヨーテは振り返る。

 どろりとした陰鬱な視線がソラに向けられた。


「こちらがお聞きしたいのですが」


 ソラは右手のリボルバー『ランド』を構えたまま。あと少し人差し指に力を入れれば、その脳天を撃ち抜くことができる。

 ひとえに殺そうとしなかったのはロロの胸元だ。黒いワンピースに映える大粒のアメシスト。剣石である。

 同じことをエクスも如月も考えていた。


「あいつ……真打ちだったのか……」


 にらみ合いが続いていた。エクスと如月はそれぞれ固唾を呑んで見守る。

 大方のゴブリンはすべて先ほど、『斬空』の雨によって蹴散らされていた。濃密な血の匂いと腐臭の中、遠方の雑踏の音がいやに緩慢に響いていた。

 ロロは構えない。両方に一本ずつ持った双剣。刀身は両刃で、薄い紫色だ。『真打ちは剣石で加工した得物を持つ』とセーラが言っていたのを、ソラは思い出した。


「………………まあ、いいわ」


 先に動いたのはロロだった。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「…………本命が現れたからね」


 轟音。

 人一人を薙ぎ払うにはあまりにも大きすぎる大剣が後頭部を掠める。

 ロロは腰を折ってすんでのところで回避すると、間髪入れずに振り返った。


「親玉を忘れてもらっちゃ、困るなあああ!!」


「………………忘れるもんですか」


 ゴブリンの群れの親玉は生きていた。

 おまけにほとんど被弾していない。傍で戦況を見ているエクスは思う。やはり普通のゴブリンとは違うな、と。

 如月が斬ったのであろうか。肩口が浅く切りつけられているが、ほとんど影響はないはずだ。兜越しの厳しい瞳が、ロロを睨んでいた。


 肌に食いつくような殺気が周囲に満ちる。ソラにも当然その余波は伝わって来、ところが彼女は表情を変えなかった。

 ランドを無言でコートの内ポケットにしまう。それから壁に寄り掛かると、自分の仲間二人に言う。


「観戦しましょうか」


 全く、

 やれやれである。面倒な日だ。たまたま仲間を迎えに行けばなぜかゴブリンの群れに襲われ、

 はたまはそうかと思えば『真打ち』の戦闘に巻き込まれる。逃げようにも後ろは大きな壁だ。

 新生『ボルトランド』の本当の能力を試せるいい機会だと思ったが、それすら目の前の狂人ロロに奪われてしまう。


「言っておくが俺は普通のゴブリン100体分の戦闘力があるんだ!!! 

 ファンタジー小説の序盤の、主人公の強さを読者に示すために瞬殺されるような噛ませキャラなゴブリンとは違うぞ!!」


「……………………そう。それなら…………」


 ロロは、その直後。

 ゆっくりと双剣を構える。アメシストの刀身が鈍くと月光を反射し、不気味に輝いていた。



「────────────気持ちよく、シテくれるのね」

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