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その4 新生ボルトランド4

「ロロ隊長、大通りを探したのですが、ゴブリンの姿はどこにも見えません」


「………………なんで」


 六番隊の面々は、路地裏を右往左往していた。

 必ずここにいる。いるはずだった。いるに決まっている。なのになぜ、ゴブリンどころか人っ子一人(一頭)、野良犬一匹見当たらない。

 比較的仲のいい、古参の隊員二人が駆け寄ってくる。一人は大通りを、一人は脇道を探していた。


「隊長、勘違いだったんじゃないですか」


「そうっスよ。民間の被害も全くですし」


「………………」


 口口は無言だった。いつものように無表情で、周囲を見渡す。

 どこまでいっても闇が続いているだけであった。遠くの大通りの喧騒も、日常の通りだ。


「…………ランコエ」


 彼女は自分の部下の名前を呼ぶ。


「双剣『クラウディア』を」


 ランコエと呼ばれた女剣士は眉を上げた。もっともロロと付き合いの古い、いわば古株だ。

 「え? 隊長。ってことは……」ランコエは聞き返したが、ロロは無言であった。ただ片手を差し出して、どこか別な場所を見ている。

 背中に帯びていた二振りの剣を差し出した。アメシストの柄と鍔が小さく揺れる。呼応するように、口口の胸元の剣石が光った。


「あなた達………………」

「…………もう帰ってて」


 双剣『クラウディア』を腰に差す。

 一度だけそういうと、ロロは返事を待たずに路地裏の奥へと足を進めた。


***


 『静の剣気』。

 口口はどちらかというと苦手としていた。もともと精神統一などしたことないのだ。

 だが自分の勘が頼れない以上、こうするしかない。

 ゆっくりと剣の柄を握る。両腰の剣、双剣『クラウディア』を両手で握った。


「………………」


 鋭敏になる視界。ロ口は目を閉じた。

 暗闇の中、脳裏に直接語りかけてくるかのように、周囲の障害物、地形、あらゆるものが入り込んでくる。

 一度大きく息を吐き、それからまた吸う。深呼吸を行うたびに、明滅するように視界が拡大した。


 散らばるゴミ袋。


 水たまり。


 そこにたかる大きな蠅。


 屍体。


 たくさんの足跡。


 大量の人影。そしてそれと相対する二人……否、『三人』か。


 ロロはゆっくりと目を開いた。






「…………………………みっけ」






 同時に走り出す。歩法『神速』。

 ものの数分で辿り着くはずだ。


***


「うおおおおおおおおお」


「ざまあみろ、行き止まりだ!」


「しまった! ちくしょうなんてこった」


 最深部。

 エクスは頭を抱えていた。しまった、土地勘のないところでむやみやたらと逃げるもんじゃないな。

 振り返る。ゴブリンの集団は……だいたい10人くらいであろうか。それぞれ手に大きな棍棒、斧、様々な武器を抱えている。

 そのどれもが人間の下半身ほどの大きさなんだからかなわない。エクスは胴震いした。


「ふん、初めから私は戦うつもりだったんだがな」


 それとは対照的に、如月は冷静である。琥珀色の瞳を油断なくゴブリン達に向け、

 親指で鍔を起こした。カチリという音が響き、その刀身がほんのわずかに月光に照らされる。

 そして、


「……なるほど、そういうことですか。どうも帰りが遅いと思ってたら」


「いやあ、どうもすいませんソラさん」


「あなた達、本当にいろんなことに巻き込まれますねえ」


 ソラは、


「まあいいでしょう」


 銀色のスナイパーはため息をついた。宿に帰宅してもまだエクス達が帰ってきていない。

 気になって周囲を探してみて、んでようやっと見つけたと思ったらこれだ。


「あれ? そういえばソラさん、よく俺たちがここにいることがわかりましたね」


「ええ。少々カラクリがあるんですよ。今からお見せしましょうか」


 エクスは首を傾げた。そこにようやっとゴブリンの親玉が追いついてくる。ドスドス息を切らしながら、子分をかき分けて前へ出た。

 ソラ達と相対する。親玉は、彼女らを品定めするようにずらりと眺めた。若干息が乱れているのはきっと気のせいではない。


「はぁはぁ、ああ疲れた。なんちゅー逃げ足だ。だが、お前か」


 親玉は大剣を振りかざした。


「『銀色のスナイパー』ってのは」


「あら、ゴブリンが私のことをご存知なんですか。それはどうも。ソラです」


 ソラは全く愛想なくお辞儀をする。

 ほとんど同時に、両手はすでに得物を握っていた。エクスは眉をひそめる。確かソラさんの得物は壊されてしまったはずだろう。それをどうして……

 右手には漆黒のリボルバー式の拳銃。そして左手はシルバーを基調とした、オートマチックの拳銃が握られていた。


「あれ、ソラさんもしかして……」


「ええ」


 ソラはエクスの方を見ない。

 すべてを撃ち抜く狙撃手の瞳は、一匹のゴブリンの眉間に向けられていた。

 と同時に、如月が叫ぶ。「来るぞ!!」


 銃声。

 殺到する三体のゴブリンを瞬く間に撃ち殺す。ソラは感触を確かめるように、一度リボルバーをくるりと回した。


「────────────『新入り』を試すには丁度いい機会です」


***


 それまで静かだった路地裏。


「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」


 一気に怒声と熱気が支配する。細い路地裏は、まるで冬の寒気を忘れたかのようだった。

 ゴブリンは棍棒を振りかざした。それが骨を、地面を砕かないのは、振るわれる前に持ち主が絶命してるからである。


「お二人とも」


 ソラはエクスたちを見ずに口を開いた。夜の風に銀色の長髪が揺らめく。

 双銃『ボルトランド』。そのうちの一丁、オートマッチック型の『ボルト』を、彼女はくるくると回す。一回転するごとにカチンカチン、という異音が響いていた。


「射ち殺しきれなかったのを頼みます」


 「わかってる」。如月は短く返答する。

 ちょうど仲間を盾に走りこんできた一体を鞘走りの一刀とともに切り払ったところだ。

 間髪入れずに2刀目を打ち込もうとするが、『ボルト』の弾丸が綺麗に眉間に命中。悶絶しながら絶命する。


「ソラさん」


「なんです」


「三人でなんとかして逃げましょう」


「ダメです」


 そして、もう一人。

 いやいやこんなん死ぬわ! エクスはペンダント状態から元に戻した神剣を握っていた。

 握って冷や汗をかいていた。冗談じゃない。自分より随分と大きな連中がとにかくたくさん。いや無理です。戦えるかこんなの!


「作戦立てましょう。俺逃げることに関しては自信が……」


「逃げても追ってくるだけでしょう。第一行き止まりですし。ほら前見なさい。ゴブリンが来ますよ」


「ですからそこを……」


「そら来た! 斬って!」


「え? うわわわっ!」


 エクスは慌てて『神剣』に埋め込まれた時計に触れた。

 途端の緩慢になる時間感覚。と同時に……『止まる』。

 ゴブリンの悲鳴も、如月の剣が肉を切る音も。そして銃声も。何もかも一切『静止』した。


「く、くそ……しゃあねえ……うわわわわわっ!!」


 停止した空間。自分だけが動ける時間。

 エクスは覚悟を決めた。いや、正確に言えば『覚悟』ではなく『妥協』だ。

 目の前に棍棒を振りかぶる魔物。恐ろしくって切れるかいこんな奴! 元ひきこもりをなめるなよ!

 というわけで、『斬る』のではなく『打つ』。神剣の腹の部分で、思いっきり相手の頭を殴打した。


 解除。

 鈍い音が響く、再びエクスの耳に様々な音が殺到した。


「ぎゃっ!! うーん……むにゃむにゃ」


「お、おおやった! やったぜ! 気絶しやがった!」


 これならいけそうだ。血も出ないし、いやまあ感触が気持ち悪いけど。

 ともかくエクスもまた戦う覚悟を決める。両の手でしっかり握り、ソラの隣へ。

 ボルトランドの弾丸をくぐる、もしくはリロードの隙をつくゴブリンに目を光らせようとした。


 光らせようとしたのだが。


「ん?」


 そこで彼は奇妙な『影』を発見する。淡い月光に照らされ、明らかに一つだけ()()()()()()いた。

 ごちゃごちゃとしたゴブリンの塊の中で、一瞬だけ見えたそれ。顔を上げる。ちょうど満月。逆光になって見えにくいが……


「……?」


 エクスは眉をひそめた。見間違いか? いや、違う。

 確かに……


「にひひひ……」


「うわっ! な、なんだお前??」


 緊迫した状況。

 ところがエクスは声を出さずにはいられなかった。()()()()()()()()()からである。

 そのままの意味だ。影から人が出てきた。黒いゴブリンの影から、ぬーっと人間の上半身が生えてきたのだ。ニタニタ笑っているのだから始末に負えない。

 ゴブリンの怒声、騒々しくなかったら驚きのあまり声を上げていたかもしれない。


「まぁさか銀のスナイパーが戦ってるとはねえ。君たち、早く逃げた方がいいと思うよ」


 16〜18くらいであろうか。

 少年であった。さらりと流れる髪が両目を隠している。艶消の黒の剣装に身を包み、その肩には『六』と印字されていた。


「逃げる? ……いやいや……うわ!! おい、後ろ後ろ!!」


 エクスは叫んだ。ちょうど少年の真後ろ。

 唐突に現れたこの第三者に、大斧を振り下ろそうとするゴブリンがいたのだ。「見かけないのが出てきたな。死ね!」


「ん? ああ、そりゃどうもね。六番隊副官、クリン・ブラモールトと申します。どうぞ宜しく……って、」


「おおおお!! 死ねえ!」


 少年は……クリンと言うらしい。

 振り上げられた大斧が振り下ろされる。凶刃がギラリと月光を反射した

 自らに迫る、確実に即死するであろう斬撃。彼は



「聞いてないね君。まあいいや。覚──────




          動じなかった。





 ───醒」


 

 代わりに、懐の短剣。鞘に描かれた『紋章』に触れる。ヒトガタの影絵のような紋様であった。

 直後、

 ゴブリンの気合の声は悲鳴に変わった。大斧の刃がクリンの鼻っ柱に触れようとした瞬間である。

 エクスも、そしてソラもまた、双銃を構えながら間接視野でその光景を目に入れる。


 影から現れる無数の黒い腕。

 細いいくえものそれが強引にゴブリンに絡みつき、そのまま引き込もうとしているのだ。

 どこに? 『影の中に』である。バキバキという嫌な音。関節の割れるその残響に、エクスは顔をしかめた。


「な、なんだこれ! ギヤあああああああ!!」


「〝影縫い〟だよ。じゃあそういうことでね」


 唐突にゴブリンの悲鳴が止まった。

 ぞろぞろと腕は引き下がって行く。クリンはそちらの方を見ない。


「こんなもんじゃないよ。六番隊うちの真打ちは」


「あん?」


「見境がないんだ。一度剣を抜くと止まらない。今まで何人隊士が斬り殺されたことかね。

 だから君たちも、早く離れた方がいいと思うんだけど……って、あ、」


 代わりに、

 頭上を見上げた。


「もう遅いか」

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