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その3 新生ボルトランド3

「お、おい嘘だろ! どういうことだ! もしかして小説の中なんじゃねーのか!?」


「しっ! 静かに! ……おい運転手、ちょっと援護しといてくれ。屍体を確認する」


 一気に走る緊張。

 エクスは拳を握って構えた。周囲に目をこらす。狭い路地であるため主に前後にせわしなく視線を走らせた。

 敵はいない。いや、正確には『見えない』といった方がいいだろう。ひどく暗いこの状況。ほんの10m先も視界がよくないのだ。


 如月はかがんだ。屍体に触れてみる。

 目を凝らして外傷を観察すると……あった。


「(……腹を正面から潰した打撃痕。拳闘か? それにしちゃいやに荒い……)」


「おい如月! 行こうぜ今のうちに逃げよう。こんなところでぼっとしてたら〝逃げ〟のエクスの名が廃る」


「……もう遅いだろう」


 え?

 エクスはそこで違和感に気がついた。如月より数手遅れてのことだ。


「囲まれてる」


 直後、

 強烈な殺気。そして漂う生臭い匂い。

 やがて重厚な足音とともに、その『姿』があらわとなる。


 如月は眉を上げた。

 なるほどな、『そういうこと』か。それならばつじつまが合う。

 通常より大きくて荒い傷。

 太い骨の集中する大腿から腹にかけてを一撃で潰すことのできる怪力。


「なんじゃぁ〜。こんな辺境の路地裏にまた人間か。今日はいい日だのお〜」











  ────────────『ゴブリン』











「ほんとにほんとにほんとにほんーーーとに魔物だぁああぁぁ!! なんだこいつでけえ!?」


「……ほう、緑の肌に2mを越す大柄。典型的なゴブリンだな」


 驚くエクスと刀に手をかける如月。

 二人の目の前に現れたのはゴブリンの群れだった。エクスの言葉の通り、『魔物』である。

 汚らしいくすんだ緑色の肌、各々鹿か何かの毛皮を羽織っており、落ち窪んだ瞳からギラギラと光る目玉が覗いている。


「女一匹に男一匹か。ちょういい、肉はいくつあっても困らんからな。さっさと殺して乾物にするとしよう。ちなみに、ここでいう乾物とは干し肉のことだ」


「……結構流暢に話すんだな」


 どうやら親玉があいつらしい。エクスは品定めするように視線を送っている一匹のゴブリンに目をやった。

 ちょうどほか連中より一回りほど大きいし、一人だけ大剣を背負い立派な兜のようなものを被っている。うん、まちがいないなこりゃ。

 そして、その他のゴブリンの片方の手にはこれまた大きな棍棒。そこに乱雑に彫り込まれたマークに、彼は見覚えがあった。


「ちょっと待て……お前らそれ、帝国の……」


 親玉だけじゃない。ゴブリン全員に見当たる。

 棍棒に彫り込まれているものもいれば、直接肌に焼印されているものもあった。

 如月は孤児院の件では気絶していたため気がつかなかったが、一連の『帝国』関連の話はソラから聞いており、既知である。


「なるほど。御主ら帝国の差し金か。魔物とまで手を結ぶとは、帝国むこうも手段を選ばんようだな」


「ふはははは!! エレメンタリアで暴れるたびに肉と酒をもらえるのだ! 帝国は気前がいいわい! 暴れられて報酬も弾まれる」




     来る────!!




「いいことづくめとはこのことだなぁ!!」


 風を切りながら、残像を纏うような速度で親玉の棍棒が振り下ろされた。

 如月はほとんど同時に刀から鞘を抜きにかかる。

 機械国家『ゼータポリス』で強化外骨格を両断し、帝政都市『ニグラ』で三人まとめて叩き切った飛燕一振流ひえんいっしんりゅうの居合い。


 超高速の──いっせ「あれ?」


 直後、ふわりとその体が浮いた。


「お! おい!! 運転手何するんだ!」


「なんでもへちまもないだろう! 逃げる!」


「な……! ちょっと待て、おい! おろせ! おい! せっかくリハビリに戦えるのに……」


「ソラさんが無駄な戦いは避けろっていつも言ってるだろうがっ!」


 エクスは時間を止めた。ちょうど十秒程度だ。

 如月を抱えてゴブリン達をかき分けて、路地裏をひたすらに走って走って走る。

 ちょうど十秒後。親玉ゴブリンの対象を失った棍棒が地面を打ち抜く頃には、彼ははるか後方を駆けていた。


「な……! はやい!? なんだこの逃げ足は!」

「ええい! ぼけっとするな!! 行けしたっぱゴブリン共! あの没個性な男と女剣士を追いかけろ」


 うおおおおおおおおお!!

 大きな声がこだまする。やがてそれはせわしない足音に変わった。


***


さてその頃。


「あー……疲れた」


 一番隊執務室。

 セーラはグッタリと机に突っ伏した。


「お疲れ様ですご主人様。お紅茶でもお入れしましょうか」


「ああ頼むよ。……後その『ご主人様』ってのやめてくんないかなあ」


 自分の副官であるメセン・パキポデューム。その後ろ姿を見ながら言う。

 湯を沸かす音と『燃焼』の魔導が爆ぜる音が響き、やがて豊かな香りと共に、ティーカップが差し出された。

 ひとくち口をつけて、うん。美味しい。それから思い出したように傍の長剣『エリュシオン』を剣置きに立てかける。

 メセンは残りの紅茶の葉も開きながら、メイド服の裾を一度触った。


「で、ご主人様。『評議会』の方はいかがでしたか」


「はは、大方予想通りってところだな。そりゃあもう荒れに荒れたさ。まさか『帝国』が武力蜂起するなんて誰も思わねえからなあ」


 エレメンタリアのすべてを決定する最高統治機関『評議会』。

 当然セーラもエレメンタリアにおける自警団代表として出席したわけである。朝から晩まで話し合いに話し合いを重ねられたものの、

 結局意見はまとまらない。お偉方が頭を抱える姿を、彼女はまた思い出した。


「近々デカい会議を開くそうだ。各首脳を集めてな。私もまた行かなきゃならない」


「ご苦労様です。あ、後近頃噂されてる『魔物』の件ですが」


 セーラの眉がピクリと上がる。

 彼女は体を起こした。「また出たのか」


「ええ。先ほど偵察隊から連絡がありました。商業区の、外れの方の路地裏で。ゴブリンの群れとのことです」


「は? おいおい、早く言えよ。そりゃ……のんびり紅茶なんか飲んでる場合じゃない」


 茶菓子のクッキーを食べかけていたところで、セーラは慌てて立ち上がった。

 おいたばかりの長剣『エリュシオン』を手に取る。商業区の外れ。つまり西の方か。

 ここからかなり遠い。路地裏で出たのならまだ被害は甚大ではないだろうが、さて、そもそも間に合うか。

 というか他の『真打ち』たちは何をやってるんだ一体。


「ご心配なく」


「あん?」


「ご主人様より先に探してる真打ちがいらっしゃいます。あの方が先んじて商業区に行かれたので、もう問題ないかと」


「あの方? あ、もしかして」


 「ええ」 メセンは頷いた。

 一番隊の副官は特例的に剣征会全体の動向も管理していた。メイドである職務も兼ねて、自分の主人であるセーラに動向を伝えるためだ。

 ちょうど今朝のことである。定例会にも滅多に顔を出さない、話しかけてもほとんど返事すらしない。『ある人物』以外には全く心を開いていないその人物が、()()()()()()()のは。


「六番隊隊長。ロロ様です」


「……〝剣魔〟か。ははあ、そりゃいいや」


 セーラは長剣をまた戻した。


「『人外狩り』のエキスパートだからな」


***


「…」


 朝。


「……」


 まだちょうどゴブリンたちが眠りについている頃だ。連中は夜行性である。盗みも暴動も、夜の方が張りやすいからだ。

 来るべき今夜。暴れてやろうではないか。体力を蓄え眠っている頃。


「………」


 『彼女』は。


「…………」


 如実にその『予兆』とでも言うべきものを知覚していた。

 常人では決して不可能な所業だ。いわゆる『静の剣気』などいう知覚能力を持ってしたのではなく……

 いや、距離が相当にある。剣気では測れない代物だ。しかし、彼女は群れになって眠るゴブリンの存在を如実に感じ取っていたのである。

 それも、朝の段階で。


「………………」


 根拠は、ない。

 強いて言うならば才能であろうか。人ならざるもの、あるいは、邪悪な『人間の形をしたもの』に対し、昔から鋭敏に反応することができる。

 言うなればそれは『予想』であった。しかし決して外れることのない、確信に満ち溢れた予想だ。


 そして、来るべき夜。

路地裏へ歩を進める。

 一歩一歩あるくたびに血の匂いが増すような気がした。空を見てみると、出かけていた月が再び雲に覆われようとしている。

 一瞬青白く照らされた細い路地は、再び闇に覆われた。


「……………………」


 精霊国家『エレメンタリア』、自警団『剣征会』、

 真打ち。その六振り目。


「…………………………」






  ────────────〝剣魔〟ロロ・ペヨーテ






「…………………………………………は?」


 ゴブリン達の位置が変わってしまっていた。エクス達が逃走したからだ。


「………………………………………………いないじゃん」


 彼女がそのことを知るのは、もう少し後になってからである。 

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