その2 新生ボルトランド2
剣征会本部。
「如月のやつまだかな」
の、正面玄関。赤色の絨毯がひかれ、円形のホールのような形状のそこは、時折忙しそうに隊士たちが出たり入ったりしている。
エクスは柱に寄りかかって愚痴をこぼしていた。もうかれこれ10分以上待たされている。
なにやら如月の方から一緒に街に出て欲しいと言われたのだが……珍しいこともあるもんだ。
あれから、
つまり孤児院の一件から、心配はしたものの如月は順調に回復した。医療班の腕が良かったこともあったのだろう。
最初は寝込んでいて会話もままならなかったのだが、持ち前の若さと体力で、もうすっかり元気になってしまっている。無論自分もだ。
「しかし遅いなあ」
さらに5分が立った。玄関で待ち合わせと言っていたが、ひょっとして聞き間違えたのだろうか。
魔導端末で連絡しようとポケットから取り出してやめる。そういえば、あいつは極端に機械音痴だったな。
まだ奥にいるんだろうか。ということでちょうど通りかかった隊士に聞いてみることにした。「あの……」彼は声をかける。
エクスに声をかけられて、その人物は振り返った。
濃紫の髪をツインテールにした少女だ。年齢15〜18歳くらいであろうか。小柄で、身長が155cm少々しかない。かなり幼く見える。
「ちょっと聞きたいんだけど、和服を着た女の人見かけなかった?」
「……………………」
少女は無言だった。半眼の、平易な言い方をするとジト目というのだろうか。
粘っこいような暗い瞳をエクスに向けている。見られているこっちが暗い気持ちになりそうな、陰鬱な視線だった。
何の気なしに声をかけてしまったが、なんか変な人を捕まえてしまったなあ。
「……………………………………」
それから少女は踵を返す。
「あ、あれ?」エクスは思わず呟いた。無視された!
「あ、あのちょっと」
「………………」
「……………………」
「………………………………うるさい」
ぽかんとするエクスをそのままに、再び彼女は歩き出す。
途中もう一度振り返ると、また彼をじとっと見つめた。
「……………………ばーか」
***
「そんなに変なやつだったのか」
「おう!! 全くなんなんだあいつは!! ええい腹が立つ! 親の顔が見たいぜ全く」
不機嫌そうな表情のエクスを、如月はなだめた。
大通りから少しばかり東に外れた商業区は、売り手の大きな声がところかしこにやかましく響いている。今この瞬間もちょうど安売りしているとかで、
なにやらよくわからないモンスターの肉が切り売りされていたり、宝石鑑定証が貴婦人相手に大粒のぎょくを見せたりしている。
「どんな剣士?」
「そりゃあ……」
エクスは少々考える。
目つきが悪くて、あとチビだったな。にしてはかなり可愛かった。
こんなところしか思い浮かばなかった。「ふぅん」特に興味を持った風でもなく、如月は相槌を打つ。
とまあそれはいいとして、
エクスは気になることがあった。改めて彼女を見る。
「お前、どうしたんだその格好」
「ん? ああ、それなんだが……」
ちょうど通りを渡った大きな馬車……雑多な品物を多く積んだそれが通り過ぎるのを待って、如月は話し始めた。
彼女は見慣れたいつもの格好ではなかったのだ。青色の羽織に袴────ではない。
簡単な作りの黒の浴衣を着つけていた。いつも寝間着代わりに使っているものだ。藍色の帯の端が、わずかに風に揺れている。
バツが悪そうに頬を掻くと、ポニーテールにした髪が風に揺れた。
「実はさあ、孤児院の戦いで羽織が燃えちゃったんだ」
「あー……そういやボロボロになってたもんなお前の服。良かったな上衣まで焼けなくて」
絵面的に少々まずいことになる。
それはそうと、言わんとすることが分かった。自分が彼女に呼ばれた理由だ。
「おいもしかして……」その先の言葉は、言わずとも分かるのだろう。如月は頷く。
「頼む、一緒に代わりの服を探してくれ。用心棒としていつまでもこんな、寝起きみたいな格好でいるわけにはいかない」
「ええ? お、俺が?」
エクスは戸惑ったように頭を掻く。
というのも……大方推測できるかもしれないが、彼はいわゆる『ファッション』というものにあまり詳しくなかった。
しかも和装なら尚のことである。着流しの着方すら分からないのだ。
「そんなこと言われたって、どんなのがいいかわからないぞ俺。だいたい、代わりの羽織りはないのか代わりの羽織りは」
「ないんだよそれが。羽織りなんてそうそう何枚も持つもんじゃないだろう。荷物にもなるし」
如月は両の手を合わせた。
「なあ、頼む! 羽織じゃなくても、服ならなんでもいいんだ。
ただ私は自分に似合うかどうかわからないから、そこを判断して欲しい。あんまり流行に詳しくないんでな」
後まあ、正直一人で服を選ぶのが不安というのもある。というより、そっちの方が理由としては重要であった。
とはいえこれはエクスには言わなかった。どうにも恥ずかしいからだ。
その当人は、困ったように頭に手をやる。
「は、判断して欲しいったってお前……俺だって似たようなもんだぞ」
「私より詳しいだろう。いいじゃないか、この通り。」
うーむ。
ここまでお願いされると例によって弱い。エクスは了承した。
***
「…………」
「………………」
二人は、
「……はぁ」
「もう足が動かないぜ……」
途方に暮れていた。
ついでに言うと日も暮れようとしていた。
ありとあらゆる洋服屋、ブティック、古着屋まで回ってみたのである。食事もせずにエクスと如月は良い上衣を探していたのだが。
そもそも和服が全く売っていない。というわけで洋装でもいいからと妥協したのだが、それでも難航していた。
ないんだなこれが。
ないのである。いやいや、ここまでないとは思わなかった。
『ない』とはつまり、あらゆる衣服が『似合わない』ということである。
「試着までしたのになあ。最後の方はヤケクソでメイド服とかまで来てみたのに。うーん……」
如月はため息をついた。
「そもそも着方がわからないんだろお前。明らかに戸惑ってたし。店員さんも困ってたぞ」
「だから御主に聞いたじゃないか。考えてみると、わからない同士二人は何の意味もないんだ。ソラもつれてくれば良かった」
そうはいってもソラさんはいなかったしなあ。
エクスはため息をつく。宿の彼女の部屋を訪ねたのだが、普通に留守であったのだ。
察しはつく。おそらく武器屋に行ったのだろう。そういえば、ボルトランドを壊されたことをひどく悔やんでいた。
というかそもそもソラさんってファッション詳しいんだろうか。いや、俺より詳しそうだけど。エクスは思考する。
「なあ、スカートはダメなのかやっぱり。正直お前すらっとしてるし、その辺の妙な服より絶対似合うと思うんだけど」
正確には『如月の選り好みが激しいから』選ぶのに難航しているのである。
スタイルはいいんだし(胸はそんなに無いが)、そもそも如月自身かなり容姿に恵まれている。似合う服はあるにはあるのだ。
「す、すかーと……?? 御主本気で言ってるのか。勘弁してくれ。そもそも私は剣士なんだぞ、あんなふりふりのを着てみろ。気になって刀が振れん。
それに、その、なんだ。ああいうの履いて蹴り技とか放ったら……ほら、見えちゃったりかも」
「ああ、そりゃまずいな確かに」
というわけで、
やることが、ない。八方塞がりだ。
「帰るか」
どちらからともなくそういうと、二人は踵を返した。
***
「宿からずいぶん遠くまで来ちまったなあ」
「近道しよう。あ、ここの裏路地を抜ければすぐだ」
空を見上げる。日は完全に沈んでしまっていた。
月は見え無い。そのせいでいつもよりも薄暗く、路地裏はなんともなんとも陰気臭い雰囲気に包まれていた。
「なんか魔物でも出そうだな」
「ああ、大陸の東側だからな。そういうのいるらしいぞ。まあ都合よく現れるわけないだろう。
それこそそういうのは小説の中だけ……」
そこで、
如月はふと足を止めた。黒い浴衣の裾がわずかに揺れる。
ちょうど対面から歩いてくる人の気配を感じたのだ。エクスも遅れてその人影を捉え、いぶかしむ。
妙だ。やけに足取りがフラフラとしてい───────
『うぐ、おい……あんた……ら逃げろ…………ちょうどこの先に……』
『魔…………』
倒れた。
「……………………」
「「えええええええええええ!!!!!!!???????」」
直後、
強烈な殺気が襲い来る。




