その1 新生ボルトランド
剣石『アメシスト』
象徴:『献身』あるいは、『狂気』
マガジンが挿入される機械的な音が響いた。
ソラはきちんと挿入されたことを確認すると、人差し指で安全装置を外す。
片手で片手を抑えながらゆっくりと構えた。通風孔から吹く風が、銀色の長い髪をほんの少しで揺らす。
深い色合いの銀の瞳が緩慢に細められた。
照準を合わせる。直後に、大きな発砲音。
「ほう、お客さん。素晴らしい腕前じゃないですか」
はるか前方。置かれたダミー人形の頭部に風穴が開く。柔らかい素材でできているため、試し撃ち用の弾丸でも容易に破壊することができた。
寸分たがわない位置だ。人間だったら即死で間違いない。
武器屋の店主は思わず唸る。齢四十過ぎくらいの、ふくよかな体格の男だ。
「いかがしますか。『幻想の国』製の自動拳銃『D.D.N.』。5種類もの属性弾を打ち分けられるのはなかなかありません」
「ふーむ……」
ソラは唸った。もう一度、今度は水平に構える。
立て続けに3回引き金を引いた。連続して発砲された弾丸は、一つ残らず先ほど開けた銃痕を通り過ぎてゆく。
店主は目を丸くした。
「……やめます。どうもしっくり来ない。他のは……ああ、これで全部でしたか」
言いながらソラは『D.D.N.』を返した。
別の商品を勧めてこようとした店主をうまい具合にいなす。それからふと、彼女は尋ねた。ここの武器屋は各国との『パイプ』を売りにしている。
エレメンタリアだけでなく、別の国で生産されている武器も入荷することができるらしい。
「お伺いしたいのですが、ホライゾン社の『ボルト』と『ランド』は取り寄せていただくことってできますか? 型番は『n-71 Bolt』『n-10 Land』なんですけども」
「ボルトランドですか。うーむ、いかんせん旧式ですからなぁ。……あ、現在取り扱ってないですね。ホライゾン社の本社に行けばまだ在庫があるかもしれませんが……」
「では、これを直したりできます?」
ソラはホルスターに入れていた愛銃を取り出す。
店主は興味深そうに見つめていた。目の前のこの銀髪の、清楚で綺麗な女性。そんな人物が銃を携帯しているというだけでも驚きであるが、
彼女から手渡されたのは、黒を基調とした銃身に焦げ茶のグリップ。紛れもなくホライゾン社の『n-10 Land』だ。
ただし、醜く歪み、所々溶解していた。まるで長時間高温のバーナーで燻したかのようだ。
「ここまで壊れたらもう無理ですよ。買い換えた方がいいでしょうね」
「そうですか……」
ソラは小さくため息をついた。もうこれで三軒目だ。
何か聞きたそうな店主の表情を無視して、お礼を言ってから店を出る。エレメンタリアの首都、その大通りは昼間ということも相まって活気があった。
ちょうど南中した太陽が、冬の光を惜しげもなく振りまいている。そうか、もう昼時か。散見する武器屋巡りに夢中だったから時間の流れに気がつかなかった。
帝国の人間、サラ。
孤児院の一件で彼に武器を燃やされたことの尻拭いだ。ソラは舌打ちしたい気持ちに陥った。
『ボルト』『ランド』は自分の相棒といっても過言ではない。それを破壊されてしまい、情けないやら悲しいやら、そんな複雑な気分である。
別の銃に乗り換えようにも、どうにも手に馴染まなかった。ボルトランドがこれ以上ないほど具合が良かったからだ。
使えなくなってみて初めてその価値が分かった。それも痛いほど。
「困りましたねえ。商売上がったりですよこれは」
『銀色のスナイパー』の名が泣く。
早々に新しい銃を手に入れなければ。もう何件か回ってみるか。
角を曲がる。そこで小さく腹が鳴った。そういえば、朝から何も食べてなかったな。
先に食事をすませるか。
通りの隅の方を歩きながらソラは思った。と、その時である。
「あら……」ちょうど自分の前方、見知った顔があったのだ。
***
「いやあ、奇遇ですわねスナイパーさん。まさかこんなところでお会いするとは」
「ええ本当に。見回りかなんかですか」
喫茶店は混んでいた。時間が時間なため仕方ないか。
適当な席を見つけ、自分の対面に腰を下ろしたアイリス・アイゼンバーンはメニュー表を開く。ソラはその姿を見ながら思った。まさか自分が彼女と一緒に食事をとることになるとは。
道中偶然であって、それからこうして一緒に昼食と洒落込もうとしているのだ。
少し前のことを考えると、信じられない。まさしく敵同士で、正面から戦おうとしていたのだから。
「ええ。今日は昼回りの当番は二番隊ですから。『真打ち』も例外じゃありません」
言いながらアイリスは剣を傍らに立てかける。
いつものように、赤色のきらびやかなドレスに真紅の剣装。胸元には『真打ち』の証である宝石のペンダント『剣石』。大粒のルビーが光っていた。
豪奢な服装は、ところが少しも品の悪い感じがしない。むしろ彼女に似合っていた。それこそこんななんでもないところでドレスやなんかを着こなせるのは、アイリスくらいのものであろう。
剣石に向けられているソラの視線に気がつく。真打ちははルビーをさらりと撫でた。
「『剣石』って、真打ちごとに違うんですよね」
前々から気になってたことだ。
「ええ。石言葉が各『真打ち』を象徴するものになってますわ。わたくしがルビーで、セーラさんがオリハルコン。
後は何でしたかね、ダイアモンド、サファイア、エメラルド、アメシスト、オニキス……こんなところでしょうか」
そして、『真打ち』は象徴される宝石で加工された得物を用いる。
精霊と最も適合するからだそうだ。ソラはちらりとアイリスの剣『フレアクイーン』に目をやった。胸元のペンダントと同じルビーで加工されたその一振り。真紅の柄、鍔、そして鞘の中の真紅の刀身。
少々羨ましく感じられるのは、きっと自分の武器が壊れているからである。
「怪我はもう治ったんですか」
「この通りぴんぴんしていますわ。それに、孤児院の方も再建のめどが立ったそうです」
アイリスはおどけたように拳を振ってみる。包帯も取れていたし、全く傷跡も残っていない。
あれから、つまり孤児院の一件から十日ほど経とうとしていた。
剣征会をはじめとした自警団は対応に追われている。無論『帝国』が新たに領土獲得と周辺国家統一のために動き出すということに関してだ。
セーラは評議会……エレメンタリアの政治中枢に伝えたらしいが、公にはされていない。混乱を招くからである。
無論、彼女からソラも口止めされていた。
「それだけじゃありませんわよ」
ソラの考えていることが分かったのだろう。アイリスはメニュー表から視線を外して彼女を見る。
「魔法国家『フォーカリア』。あちらもあちらで何か考えてるらしいですわ。『元老院』という統治機関の最高権力かつ最高戦力『ペンタグラムの五賢』……そいつらが動き出したという情報があります」
これはエクスから聞いたことであった。彼があったという萌黄色の髪の魔法使い。
ゼダムと名乗ったあいつはおそらく高位の魔法使い……いわゆる『賢者』であろう。大量の帝国軍を虐殺したのも、おそらく彼女だ。
「魔法使い……となると、三つ巴になるんですかね」
ソラはグラスの水に口をつける。
魔法使いか。どうもいいイメージがない。それに、連中は得てして何を考えているか定かではないのだ。
「まあ、そういう小難しい話はよしましょう。食事が不味くなりますわ」
アイリスは言う。
ちょうどやってきた店員に、彼女はパスタとサラダを、ソラはパンケーキを頼んだ。
***
「ふうん、武器を探しているのですか。なるほど、手になじむ得物がいいのは剣士でも銃士でも変わらないのかもしれないですわね」
くるくるとフォークにパスタを巻きつけながら、アイリスは言う。
なんでもないスパゲティでも彼女が食べていると、まるで貴族御用達の高級料理のように見えた。
「ええ本当に。あの、実はこのあたりに武器屋を探してるんです。アイリスさんどこか知りませんか」
ソラもまたパンケーキに手をつけた。備え付けの小瓶からみつをたっぷりと効かせているところだ。
アイリスは少々考える顔つきとなった。はて、武器屋か。知っていることは知っている。
しかし、ソラの壊された銃の具合、それを考慮するに、おそらく何件巡っても無駄であろう。
彼女を見ていると色々こだわりがあるようだし……そう考えると、一つ思い当たることがあった。
「え?」
ソラは思わず聞き返す。
アイリスはパスタを食べる手を止め、もう一度言った。
「アテがあるんです。新しいものを買うのではなく、壊れたそれを『改造』するのはどうでしょうか」




