その0 プロローグ
「さて……」
魔法国家フォーカリア。
ハオルチア大陸で最も強大な力を持つ種族、魔法使い。
「……いらぬ時間を食ったの」
その魔法使いの中で、さらに天凛の才能と膨大な魔力を持つ者たち、『賢者』。
そのうちの一人であるゼダム・モンストローサは楡の坂を下っていた。ちょうどソラたちがやってくる、もっとずっと前だ。
まだ彼女たちが孤児院で交戦している頃である。杖を反対呪文で虚空に消すと、黒のローブを一つはためかせてからまた歩き出す。
「バロンボルト! 見ておるんじゃろうでてこい。終わったぞ」
ゼダムは叫んだ。その直後だ。
魔力の奔流。人工的に作ったエネルギー体である魔導と異なり、超自然的なそれが渦巻いた。
転移魔法だ。やがてそこに現れたのは一人の男性。『バロンボルト』と言われた彼は、ゼダムの姿を見ると三角帽子を取って大仰にお辞儀をした。
「これはこれは。まさか賢者〝大召喚師〟ゼダム・モンストローサの魔法が見られようとは。面白い」
「ふん、相変わらず堅苦しいやつじゃな。帝国の雑兵は全員殺しておいた。本来共闘して銀色のスナイパーを殺す算段だったんだがな」
他の『賢者』が考えることはよくわからんのう。
言いながらゼダムは胸元のペンタグラムを触る。『賢者』は全員で5人だった。その全員が五芒星を身につけている。
自分以外の賢者とこのペンタグラムを介せばすぐにでも連絡を取ることができるが、あまりその気にはなれない。魔法使いは個人主義だ。
「さて、それで」
ゼダムはバロンボルトの顔を見る。金髪青目。10人が10人、迷わず『美青年』と答えるであろう端正な顔立ちであった。
「『歌姫の卵』は?」
「ええ。先ほどコレクタ様にお会いしまして。もう完成したと」
「そうか」 頷く。つまり他の賢者たちもめいめい活動しているわけか。
ゼダムはコレクタという魔法使いの顔を思い出した。丸メガネをかけた堅物のあの宝石鑑定士。
確か職種は『錬金術士』であったか。
「しかし、ゼダム様。どうして帝国は『銀色のスナイパー』を目の敵にするんでしょう。凄腕の狙撃手らしいですが、所詮流れの殺し屋でしょう」
「んー……?」
ゼダムは歩き出した。バロンボルトもその後を追おう。
彼の思考は至極当然であろう。帝国は魔法使い……それも『賢者』と結託して銀色のスナイパーを殺そうとしたのだ。
魔法使いが一癖あることは連中も知っているはずである。にもかかわらず、危険を冒してまで魔法使いに依頼した。
「なんだお主、何も知らぬのか」
自分の上司の小柄な召喚士は、ニヤリと笑う。萌黄色の瞳がこちらに向いた。「理由は二つ」
「一つ、『じゃれ』が関係しておる。あの全く移動する災厄を、銀色のスナイパーは過去に『見て』おるからな。
『じゃれ』に接触して生還した人間は、あいつしかおらぬだろう」
移動する災厄『じゃれ』。
破壊の権化、あらゆる国を消し去り、移動先が『無』に還元されるという破壊の権化。
素性、情報が一切不明。『もはや概念である』とすらささやかれている幻の存在だ。ソラは過去にその概念について何かを知っているという。
「厳密には『じゃれ』を見ているのは二人じゃがな。『喫煙所の主』も接触しておる。だが、帝国としてもあいつを相手取るのは躊躇うんじゃろう」
お主も気をつけろよ。
ゼダムはバロンボルトに言う。
「『主』はそんなにお強いんですか」
「あやつにはたやすく挑まぬことじゃ。どうしても戦うなら十万人の戦力を失う覚悟をするんじゃな。
魔法使いの一人や二人、赤子の手をひねるように倒すだろうさ」
それこそ、正面から戦おうものなら『賢者』でも向けなければ。
だがゼダムとしても、遠慮したいところだ。帝国の雑兵を相手取るのとはわけが違う。十万の兵と戦う方が、まだマシに思えた。
「そしてもう一つ。『主』は銀色のスナイパーの師匠じゃからな。必然的に大陸警察の上層部も関係してくる」
「大陸警察……というと、『喫煙所』が?」
『喫煙所』。
大陸警察の特殊強襲部隊のことだ。あらゆる抗争、紛争を武力行使を持って制圧する。
「いいや」
ところが、
ゼダムは首を振る。周囲に聞き耳頭巾を立てている人間がいないか確認すると、小声でバロンボルトに言った。
「もっと上じゃ。喫煙所を指揮する立場、主の元上司じゃな」
「え? というと……」
察しのいいバロンボルトはもう予想がついた。
『喫煙所』。大陸警察の中でも独立した、武力を行使する団体。それに唯一命令できる人物。
「大陸警察最高権力、セファロタス・フォリキューラ」
その二つが銀色のスナイパーと関係しておるのじゃ。ゼダムはそう言って言葉を締めくくる。
セファロタス。世俗に疎い魔法使いでも、その名は聞いたことがあった。
なんでも若くして大陸警察の一番上に就任したとかいう、いわば正義組織の頂点に君臨する存在である。確か剣征会の面々と同じように、精霊使いであろう。
『じゃれ』。そしてもう一つは大陸警察、そのトップ。
「なるほど」
バロンボルトはそれ以上何も喋らなかった。
銀色のスナイパー……謎の多い女だ。
そして、
「では、元老院に戻りましょうか」
「うむ」
その『謎』は、自分たちが予想しているよりはるかに深い。
それこそ、想像がつかないほどに。
「ああ待て」
「え?」
「少々興が乗った。どれ、ちょっと寄り道しよう。ついでに、少々試したいことがる」
言いながらゼダムは虚空から杖を取り出した。




