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その38 狙撃手と剣姫:エピローグ

 剣石ソード・ストーン『ルビー』

 象徴:『慈愛』あるいは、『情熱』

 あれから。

 つまり孤児院の戦闘から10日ほど経過していた。

 ちょうど冬の風が冷たく、木枯らしがそこかしこに吹きすさぶこの季節。避難させていた孤児たちは一律に剣征会の本部にいたのだが、

 さすがにこれ以上そこに留まらせるわけにはいかない。というわけで、評議会と掛け合ってからようやっと再建のめどが立ったのである。この際主にアイリスが主導となったことはいうまでもない。


 郊外の、開けた土地。

 澄んだ川が流れ、見通しの良い丘。新生グレビリア孤児院はそこに建設されることになった。のんびりと時間の流れる、せかせかとした師走から隔絶されたような空間だ。

 魔導師や大工が作業を進める中、アイリスは建設完了まで子供たちが住む仮設住宅の方を訪ねていた。


「アイリスのおねーちゃん」


「ん……?」


 広場では子供達の大きな声が響いていた。

 空を見れば快晴である。ボール遊びにはもってこいだ。

 遠巻きに眺めていた一人の少女が彼女に声をかける。おとなしそうな子で、今回も人一倍心配し通しだった女の子だ。浅黄色の髪と、華奢な身体。風が吹いただけでもよろけてしまいそうな儚げな印象を与える。


『怪我……大丈夫だった?』


「あら、気にしてくれてるの? ふふ、心配しなくても大丈夫よ。ほら、この通り」


 アイリスはおどけて両手を振ってみる。包帯は巻いているものの、ほとんど支障はない。

 少女の瞳の不安の色がゆっくりと薄らいで行くのがわかる。ところが、あと一歩でそれはまだ払拭されずにいた。


「……どうかしたの?」


 アイリスは尋ねた。風が吹き、カールした金髪をわずかに揺らす。

 少女の浅黄色の髪もふわふわと揺れた。

 少女は何か言うかいうまいか。迷っているように思えた。

 額にかかった髪も拭わずに、アイリスの紅蓮の瞳を見つめている。彼女が髪をそっと払ってやると、その優しい手つきに誘導されるように小さな声を発した。


『サラ先生が……』

『サラ先生が悪者だったって……本当?』


「それは……」


 アイリスは言い淀んだ。

 少女は泣き出しそうな表情であった。そうか、そういえばこの子はサラに懐いていたのか。

 一応アイリスもデーモアもその『真実』。すなわちサラが黒幕で実は奴隷を売り飛ばしていたという情報は隠していた。一身上の都合で退職したとしていたのだ。

 風の噂で聞いてしまったのだろう。無責任に噂を流した何処かの誰かを、アイリスは一発ひっぱたいてやりたい気分になった。


「……」


 もう一度少女の顔を見る。

 本当のことを告げたらどうなるだろうか。『実はサラが黒幕で、あなた達の仲間を帝国に売ろうとしていたのよ』

 少しだけ思案すると、ところがアイリスは首を振った。


「いいえ」


 子供達に尋ねられるかもしれないことは予想済みであった。

 そもそも一夜にして大きな火災、真打ちの戦闘。噂にならないほうがおかしいだろう。


「サラ先生は悪者なんかじゃありません。ええ、彼は最後まで戦ったわ」


『え……それじゃあ……』


「孤児院を襲ったのはね……」


 そこでわずかにアイリスは躊躇う。ちょうど数日前のことを思い出した。


***


「本当に……」


 数日前のことである。

 ソラの銀色の瞳を見つめながら、アイリスは繰り返した。


「本当によろしいんですか? そんなこと」


「構いませんよ。勘のいい子は気付くと思いますから。適当なこと言っては言い逃れできないでしょう?

 架空の敵なんかでっち上げるより、後々ごまかさなくていいと思いますが」


 大人の取り繕いに、子供は敏感である。

 自分たちが思っている以上に彼/彼女は鋭いのだ。少なくとも、()()()()()()()()のなら余計に。

 そして、告げないほうがいい真実もある。それもまたソラの持論だった。


「傷つくと思いますよ。知らないほうがいいこともある」


「で、でも……」


「慣れてますから。貸しにしておいてあげましょう」


「え?」


 伏せかけていた顔を上げる。

 アイリスは聞き返した。


「『スナイパー』ってのは、人から恨まれるんですよ。自分は隠れて、遠くから相手を撃つんですから。捕らえたれたら大抵残虐に殺されますしね。ですから、()()()()()()は慣れっこです」


 孤児院の関係者……特に子供たちに聞かれたのなら、変に取り繕わずにさっき言ったようにしておきなさいな。

 まだ迷うアイリスに、もう一度ソラは念押する。その言葉に、彼女は無言で、しかし深々と頭を下げた。


***


「サラ先生は悪者なんかじゃありません。ええ、彼は最後まで戦ったわ」


『え……それじゃあ……』


「孤児院を襲ったのはね……」


 アイリスは少女の目を見た。


「孤児院を襲ったのは、『銀色のスナイパー』という殺し屋だったのよ。でももう大丈夫。お姉ちゃんがしっかり懲らしめておいたから。

 だからあなたも、安心してお過ごしなさい」


 冬の風が吹く。

 建設の音、広場の声。


 のどかな時間がゆっくりと流れていた。







『炎熱の章』剣姫伝 糸冬

剣姫編これにて終了。

読んでくれた人どうもありがとうございましたー!


新章は数日後に投稿予定です。

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