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その37 狙撃手と剣姫27

「き、如月は大丈夫でしょうか」


「ご心配なく。傷は浅いです」


 救護班の言葉を聞いてエクスはほっと安堵のため息をついた。やれやれ、もうこれで大丈夫だろう。

 アイリスがサラを倒すや否や、彼は慌ててここまで引き返してきたのだった。

 道中気が気ではない。無論如月のことだ。多分ソラさんも同じ面持ちで今こちらに向かってると思われる。


 それはそうと、


「……こりゃ一体どういうことなんだろうな」


 少しそこから歩いたところ。にれの並木道を下ったところで、彼は訝しげに呟いた。

 ちょうど道いっぱいに広がる赤黒い液体。濃密な血の匂いに、思わず吐きそうになる。顔をしかめて目を逸らした。


 帝国軍の兵士の屍体。

 それもおびただしい数である。一体誰がこんなことを……


「魔術師でしょう。それより、如月さんは?」


「あ、ソラさん、どうも。大丈夫でしたよ。意識もありますし、今治療を受けてます」


 エクスは振り返った。ちょうどソラがこちらに歩いてくるところである。月光に銀色の髪がよく生えていた。

 彼女もまた屍体の山に目をやる。とはいえ彼女は見慣れているようで、特に表情を変えることはなかった。


「え、魔術師って……」


「周囲がほとんど荒れていませんし。魔法を使ったとしか思えませんよ。それもかなり高度なね」


 メタルフレームの奥の瞳は、入念の周囲を観察していた。

 まだそこらへんに術士がいたら厄介だ。自分の武器も壊されているし、エクスもエクスで疲労しているだろうから。

 ところがソラのそのような心配とは無縁であるらしい。枯葉が舞う音と、どこか遠くで鳴く野犬の声が聞こえるのみ。


「帝国だけじゃなくて、フォーカリアも水面下で動いてるみたいですねえ」


「フォーカリアって確か……魔術師の国でしたっけ」


「ええ。さあこれから面倒なことになりますよ。おそらく、国中が荒れます」


 そもそも、

 帝国軍の兵士をこれだけ大量に虐殺するということ自体、喧嘩を売っていると捉えられても仕方がないだろう。

 屍体の一つに近寄り、ソラはかがんだ。入念に調べてみると……ふむ、こいつらは雑兵か。

 魔法使いの強大さは帝国の人間たちも知っているだろう。もしも魔法使いがこの場にいることを知っていたのなら、帝国としても雑兵だけでなく、なんらかの対抗策を興じたはず。


「……となると……」


 魔法使いの方から襲撃したか……いや、この線は薄い。というのも、帝国軍の雑兵を皆殺しにして一体どうなるというのか。

 そう考えると、導き出せる結論はほとんど一つ。


「……()()使()()()()()()()()()()()


「え?」


 エクスは聞き返す。


「ですが、なんらかの理由で魔法使いが帝国を裏切った。そう考えるのが妥当でしょうか」


 ソラの導き出した結論は、……いや、それは予想である。

 予想であるがおそらく当たっているように思えた。


 立ち上がる。ちょうど夜風が吹き、象牙色のコートの裾をはためかせた。

 もしも魔法使いと帝国が組んでいて、しかし魔法使いがそれを裏切ったのなら。


 なぜか?

 そして裏切った目的はなんなのか。

 一つだけソラには心当たりがあった。おそらく『帝国』は魔法使いたちと結託して『それ』を得ようとしていたのだろうし、

 だからこそあの時サラは自分を殺さずに尋問しようとしたのだろう。すなわち、



   『じゃれ』の情報



 あの正体不明の〝移動する災厄〟の名を冠する『何か』。

 連中が探しているのは間違いなくこれだ。ところが、魔法使いが裏切った(?)ためその計画が破綻した。

 ではなぜ裏切ったのか。いやいやそこまで考えたところでわかるものか。ソラは埋没しかけていた思考を一度切る。


 そこまで考えた時である。

 人の気配に彼女は振り返った。エクスもつられて後方を向く。


***


「よう。片付いたみたいだな」


「セーラさん……と、アイリスさん」


 一番隊隊長と二番隊隊長。セーラとアイリスもまた、帝国軍の屍体に目をやる。

 セーラはやはり目を丸くしていたが、アイリスはほとんど表情を変えなかった。


「ねえ、言ったとおりでしょう。『帝国』が動き出したらしいですわよ。セーラさん」


「っかぁー! マジか。こりゃとんでもないことになるぜ。そもそも評議会の連中は公表するんだろうか」


 評議会。精霊国家エレメンタリアの政治組織のことだ。

 共和制を採択しているエレメンタリアでは、だいたいの重要事項はここで決められる。

 当然、今回のこの『孤児院の一件』も評議会に通されるであろう。上の連中が頭を抱える姿を、セーラは容易く想像することができた。


「あれ、アイリスそれ……」


 それはそうと、

 そこでエクスが気がつく。そう、ちょうどアイリスの胸元だ。

 真紅のドレスの上に、ぽつりと輝く赤色の鉱石。ルビーの剣石ソードストーンのペンダントを、彼女は身につけていた。

 少し前の彼女の言葉からすると考えられないことである。顔合わせの時は全く受け取らなかったし、それ以降もさっぱりであったのだから。

 そもそも仲が悪かったしな……エクスは思う。ところが、今の彼女からは微塵もそんな敵意は感じられない。


「ケジメですわ」


 アイリスは言った。


「……あなたがたも、形はどうであれ、孤児院を助けようとしてくれたんでしょう」


 まあ、途中までひょんな勘違いから敵同士でしたが。

 元を正せば共に目的が同じで、共に不正を暴こうとしていたわけだ。

 『膿』は出し尽くした。建物を失ってしまったが、それでもまた孤児院は生まれ変わるだろう。

 それこそ、アイリスもデーモアもいるし、二度と奴隷売買の温床のようなことにはなるまい。


 そして、

 ソラもセーラも、結局のところアイリスとともに戦っていたのだから。


「私は一度もお前を疑ってなかったぜ! アイリス! 考えても見ろよ、一度剣を合わせた仲だ。お互い剣士なら、その時語らずともわかるってもんさ」


 セーラは言う。それから快活に笑った。

 同僚のこの姉御肌なところを、アイリスはどうにも苦手としていた。照れくさいのだ。

 剣石を受け取る時もそうだったが、うーむこうして面と向かって言われるとやはり照れ臭い。


「アイリスさん」


 帝国軍の屍体から目を話すと、今度はソラもアイリスに向き直った。


「ありがとうございました。あなたがサラを倒していなかったら、今頃私たちは殺されていたでしょう。ねえエクスさん」


「ええ、全くです。いやあ怖かった。というか、今回ばかりはダメかと思いましたよ」


 「そんなこと……」ほとんど同時に三人から同じようなことを言われ、アイリスは言葉に詰まる。

 やっぱり照れ臭い。奴隷時代から蔑まれることや虐げられることには慣れていても、感謝されることや好意的なことにはほとんど耐性がなかった。

 頬が赤くなるのが感じられる。慌てて視線をそらすと、手持ち無沙汰げに胸のルビーをいじった。


「と、とにかく!!」


 仕切りなおすように、彼女は言う。


「……これからよろしくお願いしますわ。銀色のスナイパーと、それからセーラさんも」


 剣征会の隊長として、自覚ある行動をとるようにしますから。

 アイリスはそう続けた。それから踵を返す。ええいやはりどうもこういう空気は苦手だ。さっさと一人で帰ってしまおう。

 腰の『フレアクイーン』ががしゃがしゃと揺れる。セーラが引き止める間もなく、アイリスは楡の坂を下った。

 

「あ、そういえば」


 ふとそこでソラが言う。「アイリスはどうしてあの時、剣を持ってなかったんでしょうか」

 まだ互いに勘違いしている時の話だ。待ち構える剣姫は帯刀していなかった。


「ああそのことか。なあに簡単なことさ」


 セーラは言う。がしゃりと背中の長剣『エリュシオン』が揺れた。






「子供達が怖がるから、だろうな。多分お前らを待つ前に、あいつは孤児を全員避難させてたんだ」






 一陣の風が吹く。

 「なるほど」……ソラが納得してそちらを見た時にはもう、真紅の剣姫の姿は消えていた。

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