その35 狙撃手と剣姫25
〝
爆
〟
「────────────『レーヴァテイン』」
〝
炎
〟
火炎 否、
業火 否、
烈火 否、
猛火 否、
『 爆 炎 』である。
その熱を知覚した時、周囲の生命体は一切生きることを諦めた。
無意識のうちに死を選択するほどの熱量。ところがソラとエクスが今この瞬間も意識を保ち、その爆炎の干渉を受けなかった。
ひとえにアイリスの精密操作のおかげだ。それこそ、サラがサラマンドラを操作してソラのボルトランド『だけ』を焼いたのと同じようなものだ。
燃やす対象を選んでいるのである。
例外は、その二人のみ。
ありとあらゆる物体は『蒸発』した。
かろうじで原型を保っていた物質も全ての水分を失い、残るのは灰と炭のみ。
地獄だった。
焦熱地獄。アイリスの背後に一瞬だけ顕現した精霊の姿は、巨大な一振りの剣。黄金に輝く両刃剣である。
『剣型の』精霊だったのだ。直後の空間全てに満ちたのは、きらめく黄金の炎。
それも量が尋常ではない。まさしく地獄絵図。きっとこの世の終わりが存在するならば、このように馬鹿げた光景となるのではないか。
エクスは思う。ソラもまた同様のことを思考していた。
これが……
これが───────『真打ち』の精霊。
「ぅ……ぅぐ……」
そこでハッとしてソラは視線を向けた。
サラだ。アイリスの正面。まともに『レーヴァテイン』の爆炎を受けてもなお息がある。流石は強力……いや、超強力な炎耐性であろうか。
しかし、あくまでも『息がある』だけであった。虫の息である。
「な……な……」
ズタズタに焼け、皮膚と同化するほど溶解したスーツ。
肉の焼けつく嫌な臭いが周囲に霧散していた。爛れた皮膚に、折れた仕込み剣。
かろうじで喉から絞り出される声は、呆然と驚愕が入り混じっている。「なぜ……」
「『真打ち』の力を見誤りましたね」
敗因はそれだけですよ。
アイリスは冷徹に言い放った。そう、ちょうどたった一太刀でズタズタになったサラ。その正面だ。
紅蓮の〝剣姫〟アイリス・アイゼンバーン……真打ちはゆっくりと残心を取る。
「精霊の力に序列があるのはご存知ですか」
アイリスの言葉に、サラは言うまでもないことだった。
精霊の序列。『下位』→『上位』→『最上位』だ。上に行けば行くほど制御するのが難しいが、扱えればその効果は絶大。
それこそ同属性に影響を及ぼすことすら可能となる。炎を焼く炎、強力な炎耐性。
「いいえ」
サラが思考していることが分かったのだろう。
彼が問うよりも早く、アイリスは首を振る。
「『レーヴァテイン』は最上位の精霊じゃありませんわ。その更に上です」
通常エレメンタリアで『存在しない』と結論づけられているほどの、強力、かつ凶悪な精霊。
公的には評議会はその存在を否定しているのだ。なぜか? 単体で一国を相手取れるほどの、常軌を逸脱した能力。
そして、それを制御させられるだけの術者の身体/精神的力。
「────────────『神性』」
頭上からはバタバタと、力なく炎の塊が落ちていた。
アイリスの放った炎ではない。『彼女の炎に焼かれた』炎だ。
最後にサラマンドラの頭部と思しき、トカゲの形の炎が地に落ち、霧散する。
サラはまだ驚愕の表情だった。倒れる寸前まで、彼は信じられなかったに違いない。
炎耐性、炎を焼く炎。こと火属性に関しては無類の強さを誇っていたはずの自分が、どうして……
『神性』!?
最上位の精霊の更に上。一匹で国を相手どれるほどの能力を持つ、大精霊。
知るか! そんなもの。いや、そもそも信じられんと言った方が適当か。喉を焼かれ声がままならない。しかしサラは脳裏で何度も否定していた。
『最上位』の精霊ですら、エレメンタリア、帝国、その他様々な国を探してみても滅多に会えるものではない。精霊使いとしてそいつらを従えようならなおのことだ。
事実として、サラマンドラ以上の精霊を彼は見たことがなかった。業火で全てを焼き尽くし、範囲攻撃も精密な挙動も可能。
おまけに耐性と、同じ属性への干渉すら行うことができる。サラマンドラが最強の精霊であると、少し前まで確信していたのだから。
「あなたは『炎を焼く炎』の使い手らしいですが……」
それを……
それを……この奴隷は……!!
アイリスは一度フレアクイーンを振る。
爆裂した紅蓮の残滓がゆっくりと収束していった。
やがて、鞘を拾い上げる。
「それを言うなら、さしずめわたくしは───────『『炎を焼く炎』を焼く炎』の使い手と言いましょうかね」
ふざけ…………………………
『フレアクイーン』の納刀と同時に、サラはどさりと倒れた。
【祝】30万文字達成。
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