その5 狙撃手と交渉
1時間と30分が過ぎた。
きっとあの見張りの門番は、グラグラグラグラ車が揺れていることを不審に思うだろう。原因は俺の貧乏ゆすりだ。全く落ち着かない。
そう、まだソラさんは帰ってこなかった。あまりにも建物自体がデカすぎるため、中がどうなっているのか分からない。
ソラさんは言った。一時間経ったら逃げなさい。それはつまり、危険があるかもしれないということだ。なるほど殺し屋ということなら、逆に自分が狙われるということも考えるってことか。
2時間経った。まだまだソラさんは出てこない。うーむイライラする。そういえばあの二人の門番、どこか胡散臭いようなこともないこともない。なんて気にならなくてもいいことまで気になり始めた。
その時である。
ぶろろろろろ、というエンジンの音。俺の後ろからもう一台新たに車がやってきた。ソラさんのとは比べ物にならないほど、綺麗で高級そうだ。黒塗りの自動車である。
適当なところに泊まると、中から4人の、これまた黒服の男たちが現れた。めいめい手に拳銃を持っており、腰に長剣を指している。まあ、特筆するべきこともない。
…拳銃?
いやいや! 俺は焦った。そしてとっさに車を降り、その影に隠れる。なんとなく見られたらまずいような気がした。
すると、銃を持った連中4人は、建物の裏に回る。その際に門番となにやらアイコンタクトを取ったのを、俺は見逃さなかった。
「な、なんだあいつら……」
門番の一人が、こちらを見た。…ような気がした。
慌てて俺は頭を引っ込める。すると、携帯端末のようなものを取り出して他と連絡を取り始めたではないか。
うーむ、みるからにまずそうな気がする。この場合逃げたほうがいのか。
逃げるべきか。ソラさんの言葉通りならそうするべきなのだろう。適当な理由をつければここから出られる筈で、その場合俺の安全は保証されることになる。
だが、中の彼女はどうなる? 俺はいいかもしれないが、ソラさんを置いていくことになるではないか。どうもそんなことはできそうにない。
「……よし」
たかがほんのちょっと会ってちょっと運転しただけ。どんだけ情が移りやすいんだ。俺を見ていたらそう思うかもしれない。
しかし!
少し前に、なによりソラさんは俺を助けてくれた。
なのに俺がそのまま逃げられるかってんだ。
ああ笑ってくれ。尋常じゃないくらいお人好しなんだよ。だからこそ前世(?)でも人助けをして死んだんだ。
「し……しかしこええな。殺し屋の片棒を担ぐことになるんだろ……いや、でも……どうせ実験台なんだしいいか」
俺は心に決めた。そうさ、どうせ一度死んだ身。後の人生は神様の実験台なんだ。ならば多少派手に暴れまわったほうがいいんだろう。
なあに、俺は運がいい。心配ないさ……多分。
そうと決まるとすぐ実行だ。門番の目を盗み、俺は裏へと回った。当然、車から剣を下ろすことも忘れない。背中に差すとズシリと重たくなった。
裏口にはこれまたでかい扉があった。そして、さっき回っていった四人は見当たらない。なるほどこの中に入ったのか。当たり前だが鍵ががかっていた。
「くっそー……しょうがない……」
というわけで正面へ。物陰から様子を伺う。この角をすぐ曲がると門番がいる位置だ。
1、2、3……ゆっくりと俺は数えた。
「おりゃあああああああああ!!!!」
姿を現した瞬間、思いっきりタックルをかます。門番はぐえっと奇妙な声をあげて吹っ飛んだ。
そして、運よく吹っ飛んだ門番が、もう一人の門番に直撃。運よく二人とも気絶する。
「悪く思わないでくれよ……お、これが鍵か。案外簡単に見つかったな」
内ポケットに入っていたそれ。ジャラジャラとたくさんの鍵がついた輪っかだ。全部で30個近く鍵が付いている。ってか多すぎだろ。
さて困ったぞ。このうちどれかが正面玄関の鍵であることは間違いないのだが、しかしどれかわからない。
俺は適当な鍵を穴に差し込んでみた。すると、小気味好い音が響く。まさかのストライク。どうやら運が良かったようだ。
***
というわけで中に入った。
……広い。赤い絨毯が敷かれ、どこかの宮殿を思わせる作りだった。真上にはこれまた大きなシャンデリア。正面には誰かの自画像?と思しき大きな油絵が飾られ、両脇から半円を描いて翼のように階段が伸びている。
「な、なんだ貴様は!?」
「!? しまった…なかにも人がいたのか…!」
だが、ここでどうやら悪手を踏んでしまったらしい。中にいた数人の黒服が俺に気づいた。
当たり前か。正面から堂々と入ってくる武装した青年。そりゃまずいに決まってる。
「侵入者だ! とらえろ!!」
と同時にけたたましいベルが屋敷中に鳴り響き始めた。これはいかん、見ていると、階段を降りてぞくぞくと黒服の……おそらくは手下か、が集まってくる。
しかもなんとも恐ろしいことに手には銃。それも拳銃じゃなくてもっとでかいヤツだ。ああいうのはなんていうんだろう、ってかそんなこと考えている暇じゃない!
「うわわわわ!! くっそ、ソラさんはどこにいるんだ……!!」
いきなり銃声。嘘だろどうやら問答無用で殺す気のようだ。俺はなんとか近くの像の陰に隠れる。足元を弾丸がかすめたのはゾッとした。
戦ってもいいか、そもそも勝てる気はしないしキリがないだろう。かといってここにとどまっていたら包囲されてお陀仏だ。仕方ないここは……
「う、うわああああああ!!!!」
正面から強行突破! むちゃくちゃに『神剣』を振り回しながら俺は階段を駆け上がった。途中キンキンキンキン!!という音とともに足元に銃弾が落ちる。どうやら奴らが撃ってきた弾丸が偶然剣に当たり、バラバラと落ちていったらしい。一発も当たらなかったのは運が良かったからに違いない。
長い廊下に出る。そこでも俺は止まるわけにはいかなかった。ひたすら走る走る走る。追手が来ているのは見ずともわかるのだ。
そして、くっそ、ソラさんはどこにいるんだ。そもそも『別荘』とか言っていたくせになんだこの広さは。悪態をつきながら近くのドアを蹴破る。
応接室のような場所だった。いかにも高級そうな革張りのソファーに二人。一人はでっぷりと太った初老くらいと思しき男。これまた高級そうな洋服を召して、片手には葉巻なんぞ持っている。多分あれも高いんだろう。おそらくこの屋敷の親玉と思われる。いや、間違いない。正面の馬鹿でかい油絵の人物だ。
そしてもう一人……
「あ!! ソラさん!! よっしゃ!!ビンゴ!!」
こんだけ部屋があるというのに、一発で御目当てにたどり着くことができていた。なんとも運がいい。
「しまった……この殺し屋……仲間がいたのか!」
初老の男が懐に手を入れるのを見る。また銃かなんかを取り出す気か? 俺は間合いを詰めようと駆け出した。
が、先に動いたのは他ならぬソラさんであった。俺を助けた時に使ったリボルバー拳銃を目にも留まらぬ速度で引き抜くと、初老の男に突きつける。
「………失礼」
「交渉決裂、と見てよろしいですか? 事前にお伺いしていた報酬金の額と今の話、だいぶ違うんですけども」
初老は唸った。鬼の形相でソラさんと俺を見る。これは怖い。
「くっ……この女。大人しく言われた通りに殺せばいいものを……!!!」
なるほど金の配分で揉めていたのか。ようやく理解できた。大方自分のいいようにならなかったら殺すつもりだったのだろう。そりゃそうか、殺しの依頼を行った人物をそのまま生かせておくのはあまりいいとは言い難い。
俺の背後でバタバタバタバタと大きな足音が響いた。まずい、追っ手だ。考えるより先に俺は動く。ソラさんの手を掴んで走り出した。
「っ!? エクスさん……ですよね!!? な、なにを……!?」
「決まってるでしょう! 逃げるんですよ!」
「どこからです!? 確かそっちは……!」
ガシャアアアン!!! 大きな音が響いた。ソラさんを連れた俺が神剣で窓をぶち破った音だ。
当然――――――――二人は重量に従う。
「うわああああああ!!!」「きっ……きゃあああああ!!!」
だが、運が良かった。ちょうど真下には――――――――噴水!
これまた大きな音を立てて、俺とソラさんは着地……否、着水した。運良く噴水は深かったようで、三階の高さから落ちたというのに怪我はない。
「待てえ!! ふざけんな!! 『銀のスナイパー』に味方がいるなんて聞いたことないぞ!! てめえは一体なんなんだ!!」
窓から顔を出して親玉が叫ぶ。俺はソラさんを引っ張って噴水から這い上がりながら言った。
「はっはっは!!! 覚えとけ!! 俺の名はエクス!! ソラさんの相棒にして、この世界で一番ツイてる男だぁー!!!」
そして――――――――そろそろ『アレ』が発動するはずだ。いけっ!
「うわっ!! なんだこれはっ!! くそっ!」
来た!タイミングばっちり! 窓を破る直前、天井に取り付けられていた火災予防のスプリンクラー。その装置を剣の切っ先で傷つけていたのだ。
壊れたスプリンクラーは『運良く』誤作動を起こした。親玉が俺たちと同じようにずぶ濡れになる。そして……
「くっ!! 馬鹿な……これでは通話が……!!」
そう、携帯端末の破壊。というか防水じゃないのかよ、と思ったのは言うまでもない。
いや、これもおそらく俺の運の力なのだろう。水がかかった親玉の携帯が『運良く』壊れたのだ。これで援軍を呼ぶのに手間がかかるはず……。
「車を出して!!」
「はいよっ!」
乗り込んだソラさんと俺。彼女に言われるまでもなくエンジンをふかす。そのまま素早くUターン。こんなとこさっさとおさらばだ。
が、しかし、連中も甘くなかった。何気なくバックミラーを見ると……
「うわわわっ!! まじかよ」
3台。ぴったり俺たちの後をついてくる。このボロい……じゃなくてソラさん曰くアンティークな車だったら瞬く間に追いつかれてしまうだろう。さすがにスピードは運の力じゃどうしようもない。
「そのまま真っ直ぐ走っててください。なるべく蛇行しなように」
え?俺が理由を尋ねるより早く、彼女は窓を開けそこから顔を出した。おいおい危ないぞ! なんてったって向こうはこっち殺そうと……
その刹那である。銃声。三回立て続けに起こったそれを聞いて俺は首をすくめた。
「……って、あれ?」
「もう大丈夫。あとはうまく巻きましょう。どこか適当な路地に入ってくださいな」
俺は再びミラーを見た。正確にタイヤを撃ち抜かれてくるくると回る車が、ちょうど3台見えた。
***
「いやー………危ないところでしたねえ」
「ええ、全く。あそこまで金に汚いとは思いませんでしたよ」
周囲には見渡す限り荒野が広がっている。アンティークな車はガタガタガタガタと音を立てながら、無限に伸びると錯覚するような一本道を走っていた。
さすがにあの後トルカータにいるほど、俺たちは無謀じゃなかった。国で有名な富豪となると、当然いろいろな裏ルートを持っているだろう。そうなると捕まるのは時間の問題だ。さっさとトンズラこくに限る。
だが、同時に寂しくもあった。もうあと少しで…少とも次の街に着くと、俺はソラさんとお別れすることになるだろう。それだけが心残りだ。
最初はそりゃあ、『殺し屋と一緒に動くのか』なんて思っていた。正直数時間前はそう思っていたのだが、今は全く逆であった。
まず一つ。俺の場合はこの世界を全く知らない。ゆえに情報を多く持っている人物と一緒に動いたほうがいいのだ。
そして二つ目。運の神は言った。ステータスを『実験』したいと。実験するならばより多くの修羅場をくぐって暴れたほうがいいに決まっている。その意味でも、ドタバタが転がってくる人物のそばにいたほうがいい。ソラさんはその二つをいっぺんに満たしていた。
そして、もう一つ。自慢じゃないが俺はあまり人と話すのが得意ではない。友達も少ない方だし作るのもうまくなかった。そう、ひねくれ者だ。
しかし、ソラさんとならなぜかソリがあった。『気が合う』というやつだろう。右も左も分からない異世界。孤独かそうでないかはデカい。
「……それはそうと…『相棒』ですか」
その時、頬杖をついて外を眺めていたソラさんがポツリと呟く。俺はビクッと両肩を震わせた。やっぱりそこつっこんできたか。
「い、いやあ……すいません。あの、違うんです。ああいう他なかったんですよ。ほら、ソラさんじゃなくて俺に注意を向けるためにですね……」
しどろもどろに説明する俺。そりゃそうだ。ソラさんが怒るのも無理はない。見たところ一匹狼っぽいし、俺みたいなのが隣にいたら色々と迷惑だろう。
今回だって、助けに入ったが、仮にそれがなくともソラさんならなんとかあの窮地を切り抜けたに違いない。正直二人とも無傷なのはは運が良かっただけだ。対策も作戦もあったものではなかった。ほんと運任せだ。
「あら、私の相棒じゃ嫌ですか? 運転手よりいいと思いますが」
「は、はい!! もちろんです。次の国で出ていk……ええ!?」
その言葉の意味がとっさに信じられず、俺はソラさんの顔を見た。一本道だし他に車は走っていないんだ。多少よそ見してもいいだろう。
ソラさんは無言だった。ただ、こちらを見てクスリと笑った。
その笑みが『どういう意味』なのか、俺はすぐに分かった。
「これからよろしくお願いしますね」
この瞬間、今までで一番強く思った――――――――
「こっ、こちらこそっ!!」
――――――――ああ、俺は運がいいな、と。
読んでくださった方ありがとうございましたー