8 魔女の毒リンゴ
そして、翌土曜日。
午前十時、白川公園時計下。
土曜日なのだから、遊びたい盛りの子どもやらデート真っ最中の恋人同士やらがいてもいいだろうに、公園にいるのは三人だけだ。もっとも、公園にあるものといえば、薄汚れた時計塔と、さび付いたジャングルジム、そしてこれまたさび付いたブランコと、ベンチ。誰も寄り付かないのも、むべなるかな。
そんなさびれた公園を待ち合わせ場所に指定した魔女、白雪吹雪は、相変わらずの鉄色の靴、黒いワンピース、赤いリボンという格好だった。この装いがトレードマークなのか知らないが、そのせいで、阿澄は白雪を一瞥するなり、
「それ、昨日も着てましたよね。洗濯してないんですか?」
デリカシーのない一言を放ってしまった。
白雪は引きつり気味の笑顔を浮かべる。
「そうは言いますけど、高校生って毎日洗濯もせずに同じ制服を着続ける不潔の筆頭じゃありませんこと?」
「しーてーまーすー。丈はどうだか知らないけど、私は洗ってますー。あなたと一緒にしないでください」
「私だって、ちゃんと下着は洗ってますわよ」
「逆に下着まで洗ってなかったら引きます」
「色物は洗うのが面倒なんです」
「そこまでしてその黒ワンピにこだわることないんじゃありません? そこまでしてキャラ設定守りたいんですか? 黒ワンピがアイデンティティなんですか?」
そんな具合で、二人は現在冷戦状態である。とんだ場外乱闘だ。女の口喧嘩は恐ろしいものだ、と丈はしみじみ思う。
不毛な言い争いに疲れたのか、白雪はこほんと咳払いをして、本題に入る。
「では、改めまして。本日はお招きに応じていただきありがとうございます。これから私の家に案内しますわ。詳しい勝負の話は、そちらですることにいたしましょう」
そう言って、白雪は歩き出す。丈と阿澄はそれについていく。
が、白雪は五歩進んで立ち止まった。
「こちらです」
こんこん、と白雪は爪先でマンホールのふたを蹴った。
「……」
丈は眉根を揉んだ。そして、隣で立ち尽くす阿澄とアイコンタクトで意思疎通を図る。
『こいつ、大丈夫かな』
『服装にこだわらない奴は住居にもこだわらないのよ』
「……お二方、何か失礼なことを考えていらっしゃいません?」
白雪のじとりとした目に、丈と阿澄はそっぽを向いて誤魔化した。
「勘違いなさらないでください。別に、下水道の中に勝手に住居を拵えているわけではありません。これは、一見マンホールのふたのように見えますが、実は魔法道具『どこでもハウス』なのです!」
親に買ってもらった新しい玩具を自慢げに披露する子どものようなテンションで、白雪は解説し始めた。
「このアイテムを地面に置いてからふたを開けてみると、あら不思議! 地下に居住空間ができているではありませんか! 『どこでもハウス』は任意の部屋を自由に携帯、設置できるすぐれものなのです。いかんせん私はいろいろな方から目の敵にされていますので、おちおち定住もできないのです。それゆえ、このように部屋を持ち歩いているわけです。警察に追われている方必見のスーパーアイテム、お値段なんと、五百万! 増税後も据え置きです! まあなんて良心的」
丈は白々しい小芝居を聞き流した。白雪は再び咳払いをし、「ではまいりましょう」と先陣切って地下への梯子を下りて行った。
地下に広がっていたのは、十メートル四方くらいの小さな部屋だった。部屋の中央には長テーブルが置いてある。壁際には戸棚やら冷蔵庫やらが並んでいる。証明は少しうす暗い。
丈と阿澄が部屋に入ってきたのを確認すると、白雪は小さく頷き、冷蔵庫を開けた。中から取り出したのは、リンゴの入った籠だ。
籠からリンゴを取り出し、テーブルに横一列に並べる。その数、六個。
「これから始めるのは、『毒リンゴゲーム』です。そのルールを、説明させていただきます」
「……毒リンゴゲーム?」
丈は訝しげに訊き返す。邦子はにっこり笑って頷いた。
「そう。ロシアンルーレットの、リンゴバージョンね。六個のリンゴの中に、毒入りリンゴが一個交っているの」
「リンゴに注射でもぶっ刺して毒を注入でもするのか?」
「そんなことしなくても、彼女は毒リンゴを簡単に用意できるわ。彼女はね、触れるだけで、食べ物を毒入り食べ物に変えることができるの。それが、『毒殺の魔女』たる所以の魔法。で、ただ拳銃がリンゴに替わっただけってわけでもないのよ。ちょいちょいローカルルールを採用している。それが、さっきあなたも不審に思っていたけど、プレイヤーが『ほぼ』死亡している理由」
邦子は指を立てて一つずつ、知っている限りのローカルルールを説明する。
「一つ、ロシアンルーレットでは、プレイヤーはパスができるルールもあるけど、毒リンゴゲームではそれはない。ロシアンルーレットは、『ここで引き金を引いたら弾が出るだろう』と思った時は、銃口を天井に向けて撃ってもいい、というルールでやる場合もあるらしいの。まあ、天井に打って弾が出なかったら負けなんだけど。で、毒リンゴゲームでは、このパスはない。順番が来たら必ずリンゴを食べるの。その代わり、場に並んでいるリンゴのうち、好きなリンゴを任意に選んで食べていいの」
「成程」
「二つ、最後のターンは、リンゴを食べなくてもいい」
「食べなくていい?」
「そう。六つあるうちの五つのリンゴを食べ終わって、それでも双方生き残っていたら、消去法で最後のリンゴが毒入りなのは確実でしょ? 死ぬと解っていて黙って食べるのも可哀相だからって言うんで、最後のターンはリンゴを食べずに、ゲーム終了。最後のリンゴを食べるはずだったプレイヤー、すなわち後攻のプレイヤーは、死ぬことなく敗北する」
私が知ってるのはここまでよ、と邦子は締めくくった。




