6 魔女と箒と拳銃と
戸隠邦子――丈は勿論知らなかったが、魔女の世界では有名人らしい。
丈は住所のメモを元に夜道を歩きながら、四葉の言葉を思い出す。
『私の同級生なんだけど、魔女の世界ではかなりの情報通でね。たぶん、白雪吹雪のことも、何か知っているんじゃないかしら』
ありがたい姉の助言に従い、丈は戸隠邦子を訪ねることにした。さすがにもう日が暮れてしまったが、先方には四葉から連絡を入れておいてくれるというから、問題なく会えるはずだ。
頼りなく街灯が点滅する薄暗い道を歩くこと二十分ほど。
四葉曰く、変わった家だから近くに行けばすぐ解る、とのことだったが、確かに近くまで来たら、一目で「これだ」とあたりをつけられた。一般的な二階建て民家が並ぶ中、一つだけ、薄暗い中でもはっきりと「変わった家」と判断できる建物があった。
四階建ての建物は、直方体の形をしていた。マンションやアパートというわけではなさそうなのだが、どこかの会社のビルのような、綺麗な直方体。高さがそれなりにある割に敷地面積が一般的な家屋程度だから、なんとなくちぐはぐな印象を受けるのだ。一般的な民家を縦にぐっと伸ばして、余計なでっぱりを削り取ったような具合だ。
独創的な家、と言い切るには、あまりにあたりの風景から浮いていた。だいたい四葉の友人というからには変わり者である可能性が高い、と丈は失礼なことを考えた。
芝生が敷かれた小さな庭を抜け、玄関扉の前に立つ。チャイムを鳴らすと、中から女性の声で返事がある。それから足音もなく家の主はやってきたようで、扉が静かに開かれた。
出迎えてくれた家主を一目見るや、丈は扉を開けに来るのにまったく足音がしなかった理由を理解した。
戸隠邦子は、箒に乗って浮かんでいたのだ。
出会い頭から「魔女っぽさ」を見せつけられた丈は、リビングに通されてからも少し緊張していた。邦子は決して箒から下りないのだ。常に箒の上に腰かけたままでふわふわと移動する。丈を中に招き入れる時も、お茶の用意をしている現在も。
ひょっとして脚が悪いのだろうか、と失礼を承知で尋ねた丈だが、返ってきた答えは「ううん、全然。なんでそんなこと訊くの?」だった。ずっと箒に乗っているのを不思議がられている自覚がないのかもしれない。
やがて邦子は紅茶を淹れてきた。丈は勧められるままにソファに座り紅茶をいただいたが、やはり邦子は箒に乗ったままだった。
「……確認するけれど、あなたが、私に話を聞きたいという、桐島四葉さんの弟さんなわけね?」
「はい。桐島丈です」
「改めまして、戸隠邦子です。ちょっと事情があって、四葉さんとは同級生だけど、同い年というわけではないの。だから、もっと気楽にしてくれていいのよ」
飛び級か何かだろうか、と丈は適当に考える。
「ええと、確か『毒殺の魔女』白雪吹雪と対決することになったって話よね」
「はい」
「馬鹿でしょ」
「…………」
初対面なのに罵倒された。さすが四葉の友人というだけあって容赦ない。
「仕方がなかったんだ……成り行きというか、のっぴきならない事態だったというか」
「ぶっちゃけ、『グリムの魔女』は関わった瞬間、ほぼバッドエンドルートが確定するから。そういう危ない連中なのよ。今回はもう仕方がないけれど、今後はもう少し、身の振り方を考えた方がいいわ」
「……善処する」
「けれど、毒殺の魔女が冷静かつ公平に勝負を持ちかけてきたのはラッキーね。あの人、キレると容赦なく毒殺するから。まあ、目的があなたから秘密を聞き出すことなのだから、あなたが殺されることはないだろうけど、他の人については解らないわ。相手を怒らせず、大人しく勝負を受け、叩き潰すのがいいようね」
「叩き潰すって簡単に言うけど、俺は魔法は使えないんだが……」
「大丈夫。彼女が持ちかける勝負に、魔法は関係ないわ。彼女が勝負と言った時には、まず間違いなく、アレをやらされるはずよ」
「アレ?」
「ずばり、ロシアンルーレット」
ロシアンルーレット――拳銃の、弾倉が六個あるうちの一個にだけ弾丸を込め、プレイヤーが順番に銃口を自分の頭に向けて引き金を引いていくものだ。当然ながら、あたった者、あるいはハズレた者というべきか、ともかくその人物は死亡する。命を懸けたギャンブルだ。
「オーソドックスなのは、六発のうち一発だけあたり、って奴よね。まあ、別に二発でも三発でもいいんだけど、一発じゃないと、引き金を引く順番によって死ぬ確率が一定じゃなくなるからね、公平を期すなら一発がいいよね」
ようは確率の問題である。六発中一発だけ弾丸が入っているなら、一番目に引き金を引こうが、六番目に引き金を引こうが、弾が出る確率は六分の一という話だ。二発以上入っているとこの確率が変わってきてしまい、六発入ったらもはやギャンブルではなくただの自殺になる。
「じゃあ、魔女との戦いはただの運勝負ってことか?」
「ところがどっこい、そうでもないらしい。なぜなら白雪吹雪は、今までに何度もこの勝負をやってるわけだけど、現在生きていることから解るとおり、負けなしなのよ。一対一のロシアンルーレット、どちらか一方が必ず死亡するゲームで、彼女だけが全戦無敗。当然トリックがあるんでしょうけど、私は実際にやったことがあるわけじゃないから、そこまでは不明。当事者に話が聞ければ一番だけど、いかんせん当事者の一方がほぼ死亡だからね」
「ほぼ?」
どちらか一方が必ず死ぬのではなかったのか。丈は疑問符を浮かべるが、邦子は「とりあえずその話はあとで」と後回しにした。
「全戦無敗のトリック……ロシアンルーレットに必勝法なんてあるのか?」
「じゃ、試してみる?」
邦子はそう言って、箒でどこかへ飛んで行った。
しばらくしてリビングに戻ってきた邦子が持ってきたのは、拳銃だった。
確率の問題は五十通り以下なら全部書きだす派なので、ちゃんとした計算方法を書いたらボロが出そうですね




