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5 魔女への憂いと備え

 一応、物騒なワードは避けて会話をしていたが、普通ではない緊迫した空気に気づかないほど、阿澄はお人よしではなかった。

「今の何? 今の人誰? これどういう状況?」

「……お友達と遊ぶ約束をしました?」

「嘘はもっと上手について。解答欄全部『2』で埋めるより酷い嘘よ」

「その評価は納得できない」

 解答欄を全部「2」で埋めるよりはマシな誤魔化し方をしたはずだ。ここは譲れない丈である。いや、しかし今はそんなことどうでもいい。

 どう誤魔化すかとしどろもどろになっていた丈だが、三十秒くらいで誤魔化すのを諦めた。阿澄が至近距離で睨みつけてきたというのもあるし、白雪が丈のみならず阿澄まで明日の約束に招いていたということもある。阿澄を連れて行くのも危険だが、魔女の言いつけを無視して阿澄を連れていかないことのリスクも大きい。阿澄に包み隠さず説明する以外、選択肢はないのだ。

「……ものすごく重要な話なんだが、聞いていくか?」

 丈が不本意ながらもそう切り出すと、阿澄は大きく頷いた。



「――つまり、話をまとめると。丈はぶっちゃけ不利益にしかならないような勝負を持ちかけられていて、私はそれを受けさせるための人質にされた、ってこと?」

「おお、大正解。現代文の試験で要旨把握の問題は余裕で解けるんじゃないか」

「茶化すな!」

 小粋なジョークで場を和ませようとしたら怒られた。丈はばつの悪い顔で頭をかく。

「もう、信じられない。あの女、綺麗な顔して超強引。ああいう女はモテないのよねー」

 などと言いながら、阿澄は出された麦茶を一気飲みした。

 ごん、とグラスをテーブルに置いて、阿澄は「それにしても」と部屋をきょろきょろ見回す。

「相変わらず、男にしては片付いてる部屋ね」

 アパートのさして広くはない部屋には、テーブルと机、テレビと本棚くらいしか、めぼしい家具は置いていない。片付いているというよりは、単に物の少ないだけの部屋だ。

「実家からわずか一キロしか離れてないからな。あまり使わない荷物は、わざわざ運び込むより、必要な時に取りに行く方がずっと楽だ」

「成程ねぇ。ああ、そうだ、このこと、お姉さんたちは知ってるの?」

「面倒な魔女が押しかけてきてることは知ってる。というか、半分くらいはあいつらのせいでこんな事態になっているような……」

 しかし、今更姉たちを責めても栓なきことだ。魔女はもう来てしまった。その上宣戦布告までしていった。拒否することはできない。

 魔法も使えないのに魔女と勝負だなんて、勝算はあるのだろうか。魔女の土俵に乗らざるを得ないのがなんとも気に入らない話だ。

 丈が悶々と考え込んでいると、唐突に阿澄が丈の手を握ってきた。丈は驚いて阿澄を見る。阿澄は、いつになく頼りがいのありそうな表情をしていた。

「私、丈はもっと薄情な奴だと思ってた。幼馴染を学校に置き去りにするくらいだから、私が人質にされようがなんだろうが、気にしない人だと思ってた」

「その評価は幼馴染に対してあんまりじゃないか?」

「でも、たった今考えを改めたわ。丈は、基本的に幼馴染を置き去りにする薄情な奴だけど、いざって時は友達思いのしっかり者なのね」

 そんなことを真剣な顔で言う。とりあえず、基本が薄情であることは変わらないらしい。丈はほんの少しだけ改善された幼馴染の評価に苦笑した。

「明日、決戦でしょ。明日、あの魔女を、有無を言わせず叩きのめせば、もう丈も私も、あいつに煩わされることはなくなるわけでしょ。だったら、やってやろうじゃない。どうせだから、もうちょっと勝った時の条件ふっかけてさ、丈に挑んだことを後悔させてやろうじゃないの」

 力強く手を握り、阿澄は宣言する。

「明日は私も行くよ。一緒に、魔女を倒そう!」

 どんな不利な状況でも、阿澄はきっと今のような顔をするんだろうな、と丈は思う。真壁阿澄とは、そういう前向きな人間なのだ。

 数学の問題が解けなくてひーひー言っていた奴と同一人物とは思えないくらい、阿澄が頼もしく思えた。

「……だから、日本史の宿題手伝って」

 最後の一言さえなければ。



 明日は阿澄の力も借りねばならないことは認めるし、日本史の宿題を手伝うことも吝かではない。しかし、阿澄にすべてを打ち明け、明日への覚悟を決めただけで準備万端かというと、そうでもない。なにせ相手は悪名高き「グリムの魔女」の一人。どんな勝負を挑まれるのか解ったものではない。対するこちらは魔女でもなんでもない高校二年生が二人。

 勝率を上げなければならない。そのためには、情報が足りなかった。

 丈は鞄の中からケータイを引っ張り出し、自宅にコールした。長いコール音の後、電話に出た声は非常に不機嫌なものだった。

『もしもしぃ……』

「四葉姉か」

 先ほど家に戻った時には、気を使って声をかけずに帰ってきた相手、受験勉強真っ盛りの四女・四葉だ。よほど受験勉強は忙しいらしい。だが、他人事のようには言っていられない。現在の四葉の姿は、来年の丈の姿である。

 しかし、今は来年の受験勉強より、明日の魔女との勝負の方が火急の案件だ。

「他の連中はどうしたんだ?」

『駅にお惣菜買いに行った。はじめ姉が不機嫌でご飯作る気ゼロだから』

 セクハラ事件はまだ尾を引いているらしい。他の三人も、料理ができないというわけではないのだが、双美はポーション作りが本業のせいか、作る食事は栄養面を重要視するあまり味を度外視するという悪癖がある。三恵は凝り性で、本格的なこだわり料理を作るのが得意だ。休日の晩餐を豪華にしたいときには適役だが、普段の食事を作るにはコストがかかりすぎて論外である。四葉は簡単な料理ならそつなくこなすが、さすがに他の三人も、受験生に炊事を押し付ける気にはならなかったと見える。

『それで、何の用?』

「いや、姉さんのうちの誰かに聞きたいことがあったんだけど、四葉姉しかいないのか。勉強の邪魔しちゃ悪いから、他の誰かのケータイにでも……」

『三人ともケータイ家におきっぱだよ』

 使えねえ。丈は小さく舌打ちした。

『私でよければ聞いてあげる。数列以外なら答えられるよ』

「別に勉強を教えてほしいわけじゃないんだ」

『ふうん?』

「実は、明日『毒殺の魔女』と一戦交えることになったんだけど」

『…………』

 沈黙が下りる。たっぷり十秒沈黙が続いた後、四葉は恐る恐るといった風に尋ねてきた。

『まさかとは思うけれど、「グリムの魔女」の一人、白雪吹雪のこと?』

「そう」

『あんた……馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、そこまで馬鹿だとは』

 これには丈もさすがにむっとした。誰のせいでこうなったと思っているんだとよほど言ってやりたかった。

『それで、明日に備えて情報収集ってわけね?』

「ああ、話が早くて助かる」

『そういう話なら、私や姉さんたちに聞くより、適任がいるわ』

「適任?」

『そう』

 そう言って、四葉が教えてくれた名前は、「戸隠邦子」というものだった。

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