4 しつこい魔女は嫌われる
プリーツスカートが翻る。スカーフが揺れる。そして黒髪は逆立った……というのはさすがに言いすぎだろう。だいたい、阿澄の髪はそんなに長くないから、逆立てたところで「風が強くて大変だな」程度にしか思われないだろう。
部屋の扉の前で、スカートが汚れるのも構わず膝を抱えて坐っていた阿澄は、丈が帰ってくるなり勢いよく立ち上がり、びしっと丈を指さし、鋭く睨みつけた。
「このっ、人でなし! いたいけな幼馴染を置き去りにして帰るってどういうことなの? 鬼畜なの? 鬼畜なの!?」
次会ったらどやされそうだな、とは思っていた。今日は金曜日だから、せいぜい週明けのことだろうと思っていたが、まさか今日のうちに来るとは予想外だった。丈は自分の見込みの甘さを悔いた。置き去りにしたことについては後悔しないのがポイントである。
「いつになるか解らない説教タイムを待つほど、俺は暇を持て余してはいないんだ」
「だったらせめて、先生をとりなしてくれたっていいじゃない。『真壁さんは一生懸命頑張ったので許してあげてください』って頭下げてよ」
「なんで本人が頭下げないのに俺が頭を下げるんだよ。だいたい、あの出来で『一生懸命頑張りました』は無理がある。ラスト十五問、全部解答『2』って書いただろ。弁護の余地はない」
「もー、どうしてへとへとになりながらもわざわざここまで押しかけてきてあげた幼馴染にそういう辛辣な台詞を吐くの? 求めているのはそういうんじゃないの。『ごめん』の一言が欲しいわけよ。『次は一緒に頑張ってあげる』の一言がね」
「はいはい、ごめんごめん。遅くなる前に帰れよー」
「棒読み! 超棒読み! なんて幼馴染甲斐のない奴なのー」
おかしな造語で阿澄は嘆く。
ひとしきり嘆いた後は、ひときわ大きく溜息をついて、気持ちを切り替える。ぱちん、とチャンネルが切り替わるがごとく、疲労困憊のげんなりした顔から、からりとした笑顔に瞬時に変わった。女子というのは表情の切り替えがすさまじい。
「まぁ、いいわ。丈がCool、Clever、Childishの3Cなのは、今に始まったことじゃないしね」
「待て待て、なんだその新三種の神器みたいなキャッチフレーズは。初耳だぞ」
「冷たい・賢い・子供っぽい。つまり『ちょっと頭がいいからってクールぶってるおしゃまなおこちゃま』ということになるわね」
そのまとめかたはあんまりである。加えて言うなら、「おしゃま」は男性に使われる言葉ではない。
英語はできるのに国語は駄目なんだな――そう言おうとしたが、『英語と国語の成績に因果関係はない』と言い張る阿澄が想像できてしまい、丈は思わず失笑した。
「なっ、何笑ってるのよ。今は私があんたを嘲笑ってるところなんだからね!」
「はいはい。ほら、さっさと帰って宿題しろよ。月曜提出の日本史の宿題、忘れてないだろうな」
丈は冗談のつもりでそう言ったのだが、直後に阿澄の笑顔は凍りつき、みるみるうちに青ざめていった。
「……マジか、お前」
「い、いや、いける、土日があるから余裕……余裕、だよね?」
「知らん」
「こっ、こうしちゃいられない。じゃ、じゃあね、丈、また来週!」
阿澄は慌てて走り出す。その背中を目で追い、なんだか危なっかしそうな後ろ姿に、「転ぶなよ」とでも声をかけようとした。
その時、阿澄の走っていく先に人影を見た。
見覚えのあるその姿に、丈は瞠目する。その人物は、その女は、見間違えようもなく。
「『毒殺の魔女』……!」
丈は鞄を放り出して走る。
「待て、阿澄!」
そう咄嗟に叫んだのは、正解だったのか間違いだったのか。阿澄は丈の呼び止めに立ち止まり、振り返った。その無防備な背中には、すでに白雪吹雪が迫っていた。
とん、と白雪は阿澄の両肩に手を置いた。
「さっきぶりですね、桐島丈君」
白雪は笑って挨拶する。その笑顔はこの上なく白々しかった。
丈は反射的に立ち止まる。言われなくても解る、白雪が何をしたいのか。
このお友達が人質ですよ、と言いたげなのがありありと伝わってきた。阿澄は状況が解らずきょとんとしている。
「立ち聞きする気はなかったんですけど、おたくにお邪魔しようと思ったらお友達ととても仲良く喋っていたのが耳に入りまして。本当に、仲がいいんですね」
「……白雪。そいつは月曜提出の宿題に手を付けていなくて忙しいんだ、さっさと帰らせてやってくれないか」
「でも、私、この方ともお話ししたいです。友達の友達は、友達ですもんね。桐島君の友達は、私の友達でもあるわけです」
そもそも白雪と丈は友達でもなんでもないので、前提条件からして間違っている。だが、阿澄の前で物騒な話を持ち出すわけにもいかないから、丈は黙って友達という設定のまま話を続ける。
「友達の友達が友達なのは小学校までの話だ。阿澄はもう帰る。そんで、お前もとっととお引き取りいただきたいところだ」
「……そうですね、急に押しかけてしまった私も悪いですしね。では、こうしましょう」
白雪はぱっと阿澄から手を放し、笑顔で提案する。
「明日、午前十時に白川公園に待ち合わせましょう。桐島君、あなたをぜひ、私の家に招待したいんです。よかったら、お嬢さまも一緒にどうぞ」
そう約束を告げると、白雪はこちらの回答も受け付けないうちに、さっさと踵を返していった。
対する丈は引き返せないところまで来てしまった。舌先三寸ではどうにもならない厄介事に発展してしまったことを認め、丈は天を仰いだ。




