10 魔女は勝ち誇る
これで、白雪のイカサマを封じる土台は整った。あとは純粋な運勝負だ――とでも思っているのだろうな、と白雪吹雪は内心ほくそえむ。
いくら公平なルールを設定して死角を封じたつもりでも、これをただの、運次第のギャンブルだと思っているようでは、白雪には勝てない。
「では、リンゴの入れ替えを始めてください」
そう宣言して、白雪は目隠しをし、耳栓をし、後ろを向いた。入れ替えの様子は解らないが、解らなくても問題ない。リンゴの位置をどう入れ替えようと、白雪には、どれが毒リンゴかお見通しなのだ。
丈は慎重に、リンゴに細工がないか確認するだろう。形はどれも似たり寄ったりだから、区別にはならない。なるとすれば、注意して見れば解るような、汚れや傷。ガンカードならぬガンリンゴというわけだ。そんなリンゴが交っていないか注意深く観察することだろう。
しかし、そんなことをしても無駄だ。あの中にガンリンゴなどない。いや、正確に言うならば、丈にはガンリンゴだと判別できないのだ。
自分の目で確認してリンゴがどれも同じに見えることを確認すれば、丈も納得し、これを単純なギャンブルだと考えるだろう。どのターンも六分の一の確率で毒リンゴを引く、ロシアンルーレットと同じものだと錯覚するだろう。
だが、そうではない。必勝の秘密は、まさしくガンリンゴだ。
毒殺の魔女である白雪は、触れるだけで食べ物を毒入り食べ物に変える。今回の毒リンゴも、普通のリンゴを触れただけで毒リンゴに変えたのだ。それほどまでに自由自在に毒の魔法を操れる白雪である。リンゴの表面に、魔女にだけ見える毒を塗布しておくことくらい朝飯前だ。
ここは魔女のための「魔法特区」。ゲームに魔法を使って何が悪い。相手が魔女じゃなかろうと、魔法でゲームを有利にすることに躊躇いはない。
イカサマの方法はシンプル、かつチート。それがバレないイカサマのコツである。
毒リンゴがどれか見える白雪は、自分の順番の時には毒リンゴ以外を、真剣に悩むふりをして選べばいいのだ。自分が選びさえしなければ、あとは勝手に相手が毒リンゴを食べる。仮に相手が運よく毒リンゴを選ばず最終ターンに行っても、やはり白雪の勝利はゆるがない。最後のリンゴを丈が律儀に食べると言い出したのは誤算だったが、阿澄を通じてでも鍵の在処が解るならそれでいい。阿澄を人質にしてやるぞと脅しただけでのこのこ勝負を受けにくるような奴だ、阿澄の命を懸けるからには嘘はつかないだろう。
このゲーム、結末は阿澄が死ぬか丈が死ぬかの二択しかない。どう転んでも、白雪は目的を達成できるのだ。
毒リンゴゲームだなどといって、普通とは違う目新しさと派手さで目を引いてはいるが、実際のところゲーム内容などただの茶番だ。ゲームは、毒リンゴを用意した時点で決まっていたのだ。
やがて、白雪の肩が叩かれた。まず耳栓を外すと、「入れ替え完了だ」と丈が宣言した。
白雪は緩みそうになる頬をなんとか引き締め、目隠しを外し振り返った。
そして、目を瞠る。
テーブルの上に並べられたリンゴは、皮が綺麗に剥かれ芯と種が取り除かれ六等分にカットされた状態になっていた。
「こ、れは……?」
震える声を絞り出す白雪に、丈はしゃあしゃあと告げる。
「細工がないか、リンゴの中までしっかり確認させてもらった。別に問題ないだろう? どうせ食べる時には取り除くはずのところだったんだし。ああ、食べやすいようにカットもしておいた。いいだろ、カットを禁止するルールはなかったし」
剥かれた皮は無造作に床に散らばっている。その中に、白雪にだけ見える目印を見つけた。
カットされたリンゴは、もうどれが毒リンゴなのか解らない。
そうか、と白雪は歯噛みする。耳栓ルールの追加は、リンゴの処理をしている音に気づかせないため。途中で気づかれて文句を言われては面倒だから、リンゴの場所の入れ替えを音で察知されないためという名目で自然にルールを追加したのだ。
種は有害だとかいう話もこのためだったのだ。リンゴの種には確かに人体に有害な物質が含まれるが、二、三個食べたからと言ってすぐに体がどうこうなるわけでもない。毒リンゴを食べるか食べないかの問題に直面していながら気にするほど重大な毒ではない。あれは種、ひいては一番細工の余地のありそうな皮をルールに則って取り除くための布石だ。丈はリンゴになにか目印があると踏んでいた。しかし、その目印が簡単には見つけられないことも予想していた。そこで丈は、「細工はないのだ」と納得するのではなく、「細工が何かは解らないがとりあえずその細工をおじゃんにできそうな方法を採ろう」としたわけだ。
これで、誰もどれが毒リンゴかは解らない。純粋なギャンブルになった――否、違う。
リンゴは六個、そしてカットも六等分。今、カットされたリンゴは、あたかも「元のリンゴをそのままカットしたらこの六つのピースになりました」というように、六つずつにまとめておかれている。だが、ピースに目印があるわけでもないのだから、そんな保証はどこにもない。
たとえば、リンゴに一番から六番までナンバリングすると考えてみればいい。それぞれのリンゴを六等分にすることで、一から六のナンバーのリンゴが六つずつできる。ならば、それを入れ替えて、一から六のすべてのピースを含むセットを六セット作ることが可能なのだ。
つまり、丈の戦略は、「どれが毒リンゴかは解らないけれど、どのセットにもすべてのピースが入るようにすれば、すべてのセットに毒リンゴピースが交ることになる」ということだ。ピースの入れ替えについても、【桐島丈がリンゴの位置を任意に入れ替える】というルールがある以上、正当なものだ。
そして、ルールでは、「リンゴ一個」ではなく、「リンゴ一個分」を食べることになっている。丈が種についてのルールを追加する際に、自然に言い換えたのだ。これで、「ピース一つでリンゴ一個とみなす」というような苦し紛れの言い訳も封じられた。プレイヤーはリンゴを六ピース、きっちりリンゴ一個分完食しなければならない。
そして、先攻は白雪。白雪が先に、普通のリンゴ六分の五と、毒リンゴ六分の一を食べなければならない。白雪が自分で言った通り、ちょっと食べただけでは致死量には足りないから、最初のターン、白雪は死なない。そしてその後の後攻は、すでに六分の一カット程度では死にはしないということを白雪が身をもって証明した後なので、安心して食べられるのだ。
それを第五ターンまで繰り返す。第五ターンで、白雪は毒リンゴの半分を食べることになる。ここで死ねば白雪が負ける。そして、死ななければ最後のリンゴを丈が食べる。しかし、最後のリンゴを食べたくらいでは、当然丈は死なない。この場合、誰も死なないことになる。つまり、【最初から毒リンゴは入っていなかったということになり、白雪の反則負けになる】のだ。毒リンゴは確かにあったはずなのに、白雪の反則負けになる。
つまりこのゲーム、白雪の負け以外の結末は存在しなくなったのだ。
そこまで考えた時、ふと顔を上げると、にやりと笑った丈と目が合った。
「どうする? あんまりメリットはないけど、毒リンゴゲーム、やる?」
致死量ではないとはいえ、負けると解っていてわざわざ毒リンゴを食べるのは、馬鹿馬鹿しい。
白雪はがくりと膝から崩れ落ちる。
「--私の負けを、認めます」
毒リンゴゲームは、開始する前に終了した。
始まったと思ったら終わった……というか始まる前に終わった……




