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アタシとアイツとニンゲンと

作者: ゆい

アタシとアイツとニンゲンと


 アタシの生まれは、神奈川県の三浦海岸のあたり。潮の匂いと波の音しか覚えてない、本当かどうかも分からないふるさと。そんなアタシは旅をした。籠に入れられグラグラ揺れて、やっと外だと思ったら、見たことのない、イグサのにおいがぷーんとする、変なところ。


「わぁ~。真っ白でカワイイ!!」

「本当ね~。ほら、おいでおいで」

コトバをあやつる大型動物が、アタシの体をひょいと抱えて撫でまわす。

「ちょっと!アタシはおもちゃじゃないんだからね!」

爪を出して抗議してみたけど、

「あっ!怒ってるよ」

「まだ仔猫なのに、いっちょまえに威嚇してる。気が強い女の子ね~」

と、ちっとも放してくれない。

「ねぇ、この子、真っ白だし『ユキ』っていうのどうかな?」

「いいんじゃない?きっと、本人も覚えやすいわよ。……あら、違うわね、本ニャン?」

……これが、アタシとニンゲンとの出会いだった。


 「ユキー。ユキちゃん、シッポ呼んできて、ゴハンだよって」

アタシを呼ぶのは、アタシに『ユキ』という名前をつけた女の子。

「……ん、いや、当時は女の子だったニンゲンかしらね」

「ちょっと、何失礼なこと言ってるのよ!」

アラ、しまった。うっかり口に出してしまった。このニンゲンは「しがないOL」という種類なのだそうで、名を『こと』という。同居人の『おかあさん』というニンゲンから、「コトちゃん」と呼ばれていたので、アタシもいつの間にかそう呼ぶようになった。ちなみに『おかあさん』の方は、アタシがここに来て間もなく、いなくなってしまった。詳しいことは分からないけど、コトちゃんが言うには、アタシが来る前から病気だったらしい。だから今この家には、アタシとコトちゃんと……

「ユキ、独白モノローグはいいから、早くシッポ探してよ」

はいはい、わかってるって。でも今大事なところなのよ。

実は三浦海岸から旅をしてきたのは、アタシのほかにもう一人いたのだ。名は『シッポ』というんだけど、コイツがちょっと変わってる。コトちゃんいわく、アタシとシッポは猫という種族の動物みたい。コトちゃんは猫というものが何なのか、簡単に説明してくれた。耳は三角にとがっていて、目は暗闇でらんらんと光る夜行性、身体はしなやかで柔らかく、歩く時にも足音を立てない。高いところが大好きで、そのジャンプ力は他の動物たちの追従を許さない。

コトちゃんはよくアタシのことを、「本当に猫らしい猫よねぇ」と言う。そう、アタシはコトちゃんの言うところの猫の定義に、ぴたりと当てはまる。ところがアイツときたら……

「もう、ユキったら!」

ああ、もう。これ以上焦らすと、あとのお説教が長くなりそうだから、ちょっとアイツを呼んでくることにしよう。アタシはダイニングから廊下に出るドアをするりと抜けて、縁側へ向かった。

「シッポー、いつまで寝てるのよ。ゴハンですって」

黒い背中に白い腹のぼてっとしたオス猫……シッポは、大欠伸をしながら目を開けた。その白い腹が今はピンク色に染まっていることについては、また気が向いたらお話しよう。

「んにゃ?もうゴハンかにゃー」

半月形に寝ていたシッポは、ゆっくりと体を起こした。普通、猫は丸くなって寝るものだが、シッポはそれができない。普通の猫より胴が短くて背筋が固いのが原因らしい。

「ゴハンにゃらば急がねば」

ドッドッドッドと、大きな足音を立てて、シッポはコトちゃんのところへ行ってしまった。これも猫らしくないところ。アタシの見るところでは、シッポのやつ、足にも柔軟性がないみたいで、アタシのように品よく足首のクッションを効かせて歩くことができない。高いところから降りる時なんて、「どどーん」と大きな音をさせるのだから、同じ猫として恥ずかしいくらい。

「コトちゃん、シッポはまた縁側だったわよ」

「ああ、ユキちゃんご苦労さま。ゴハン入れたよ」

見るとシッポは図々しくも先に食べ始めている。いつもこうだ。でもなぜか憎めないのよね。

「お水も新しくしたからね」

「……ん、当然よね」

「ええ、そうですよね。飼い主として当然ですよね、ユキさま」


 そんなやりとりで、もう説明の必要もないと思うけど、アタシはニンゲンの言葉が分かる。いや、猫は大抵、ニンゲンの言いたいことのおおよそのことは分かっている。言い直そう。アタシはコトちゃんと話せる。もちろん、ニンゲン語をそっくりそのまま真似できるわけじゃないけど、声色と視線と仕草を駆使して、コトちゃんと会話ができるのだ。でも、すべてのニンゲンと話せるわけではないので、きっとコトちゃんの理解力も高いのだと思う。そのコトちゃんをもってしても、シッポとは話ができないのだから、いやはや、個体差というものは不思議なものだ。自然とアタシは、通訳のような役回りになる。それがあの、「シッポ呼んできて」になるわけだ。


 アタシたちは、コトちゃんが会社から帰ると、コトちゃんの夕ご飯に付き合って、ミルクで晩酌をする。

「あー疲れた!ユキちゃんは、いい子にしてた?」

コトちゃんは夕食の準備をしてコタツに入ると、アタシを膝の上に乗せて必ずそう言う。あ、違った。

「あんたが『乗ってやってる』んでしょ」

「ええ、そうよ。乗るも下りるもアタシの自由」

「本当にお前は気分屋なんだから……」

「にゃあぁん。んごろおぉん」

隣のソファで、シッポが何か言ってる。

「ユキちゃん、今の何?」

「……えー……通訳しづらいのよね」

「そんな難しいこと言ってるの?」

「ううん、そうじゃないけど……アタシのプライドの問題なのよ……って!もう、分かってるくせに!!」

「あはは、ごめんなさい、ユキさま。今のはあれでしょ?『ボクはいつでも抱っこ歓迎ですにゃー。抱っこ大好きにゃー』でしょ?」

「そうよ。もう!!そんなプライドのないセリフ、アタシが口にできるわけないじゃない!」

アタシは立ち上がって、自慢の長い尻尾でコタツの上の箸を転がしてから、コトちゃんの膝を下りた。

「さてと、それでは晩酌にしますか」

コトちゃんの合図でシッポもソファを下りて、ミルク皿の前に座った。

「今日一日の労働の成果を祝って!」

「アタシの美貌に!」

「にゃーお!」

「あ、今のは『満腹の幸せを祝って』ですって」

「うん、そんな顔してる。……それでは改めまして」

「「かんぱーい!」」

「ぐぉにゃあぁん!」


……「アーッ、この一杯のために猫してる!」

「私もー。この一杯のためにOLしてる」

と、コトちゃんが飲んでいるのは味噌汁なんだけど。アタシたちのミルクは、ちょっとぬるめの燗。よく猫は熱いのが苦手だと言われるけど、実は冷たい方が苦手。冷蔵庫でキンキンに冷やされたミルクは飲めたもんじゃない。ちょっとぬるいのがアタシたちの適温なのだ。

「それにしても、味噌汁とミルクで乾杯とは、世間が見たら何と言うか」

コトちゃんはそうぼやくけど、顔はとっても幸せそう。それにはちょっと訳がある。

「ご不満なら、またアレをやればいいじゃない」

アタシは思わずニンマリと笑ってしまう。コトちゃんは一度、「たまには晩酌の気分を出そう」と言って、自分には安いワインをついで、アタシたちのミルク皿には、マタタビの粉を混ぜたことがあったのだ。

「あれは、もう勘弁して!」

コトちゃんは半分笑って半分困り顔。

「んにゃにゃ、にゃにゃーん」

シッポはご機嫌で笑う。

「シッポ、何だって?」

……もう、通訳がわずらわしい。ここから先は文字数の都合もあることだし、アタシが「通訳した」ことにして、会話を進めることにする。大丈夫。シッポのセリフには、「にゃー」とか「ですにゃー」とかいうのが入るので、みなさんにも分かるはず。

「ボクはあのコナ、大好きですにゃー」

「ほんと、あの時のシッポの酔っ払いようといったら」

「コトちゃんも、ぐでんぐでんになってたにゃー」

「でもあんたみたいに、ヨダレまみれにはならなかった!」

「それでもあのコナ、魔法のコナですにゃ」

「……ん、その表現はどうかと思うよ」

「だめにゃ?にゃら、とってもきもちよくなるコナにゃー」

「それ、さらにダメ」

「アタシ、見たことあるわ。『ダメ、ゼッタイ』っていうポスター」

「何がダメにゃ?」

「魔法の粉を使うと、オリに入れられちゃうのよ」

「にゃんですと!?ボクはオリに入るにゃ?」

「だからー、あれは魔法の粉じゃなくて、マタタビっていう純粋な植物から作られた……」

「大麻草も純粋な植物じゃなくて?」

「……まったく。しゃべれるからと思って、余計な知恵をつけすぎたか」

「そうよ。諸悪の根源はコトちゃん!……もっとも、アタシには関係ないことだけど」

そう、一人と一匹がワインとマタタビでどんちゃん騒ぎをしている中、アタシはマタタビ入りミルクを平然と舐めていた。ニンゲンにもお酒の強い人と弱い人がいるのと同様……コトちゃんは後者の典型だったけど……猫にもマタタビに強いのと弱いのがいるらしい。とにかく、あの時はシッポがヨダレをだらだら垂らして、あたり一面ヨダレの海にしてしまったものだから、コトちゃんも掃除が大変で、一度で懲りたらしい。

「ま、結局私らには、味噌汁とミルクがお似合いってことよ」

そういうわけで、アタシたちは今夜も平和な晩酌をしている。


「で、ユキ、シッポ、今日は一日いい子にしてた?」

「ふふ。そこそこにはいい子だったわよ」

「屋根の上もポカポカだったにゃ」

「それは分かってる、シッポ。赤い屋根の上で寝てた証拠、ばっちりだもん」

「にゃんと。コトちゃんはスゴイにゃー」

「アタシにも分かるわよ」

シッポはピンク色になったお腹をせっせと舐めて、そのうち、例の半月形になって寝てしまった。

「もう、なんだかんだ言いながら、コトちゃんの膝の上じゃない!」

アタシはコトちゃんを独占された気がして、ときおりピクピクと動く、あるかどうか分からないほどの短いシッポの尻尾を、ぺろりと舐めてやった。


(終わり)

コトちゃん猫たちのほのぼの日常劇、お楽しみ頂けましたでしょうか。

親も兄弟もないコトちゃんですが、ささやかな幸せを糧に、今日も明るくOL稼業に励んでくれているでしょう。

お読み頂き、ありがとうございました。

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