答えを見つめて
加筆、修正の可能性あります。
私から溢れ出た苛立ちは相手に何を思わせたのか。
言葉を投げ掛けた男の背は固まったまま、微動だにしない。
互いに聞き慣れない言葉を話そうとも、言葉に含めた感情は伝わるのだろう。
私が込めた現状への苛立ちは殺意に近い。
本来、人族であるというだけで、見つけたこの場で首を切り落としても何も問題は無い。
この大戦の最中に魔族領にいる人族は間違いなく密偵の類いであり、生かして帰す理由は無い。
だが、この男を今殺すことは出来ない。
現状では、この座る男が何者であれ、大魔王ゼノア様に何が起きたのかを
知る為の唯一の手掛かりであるのだ。
何が起きれば大魔王という存在をあの様な姿に変える事が出来るのか、
生前の大魔王ゼノア様を知る私には想像もつかない。
男の返答は意外にも早かったが、言葉は短い物だった。
その言葉に含まれているのは驚嘆であり、それが私に向けられたものではない事に気が付いた。
男の視線を追った私は信じられない光景を目の当たりにした。
横たわっていた筈の大魔王ゼノア様が立ち上がっていた。
先ほど見た時には既に息は無かった筈だった。
座る男に気を取られていた為か、何が起きたのか気付く事が出来なかった。
潰えたかに思えた希望の復活、喜ぶべき大魔王の帰還、この事実に私は狂喜乱舞する筈だった。
だが、目の前にいる大魔王ゼノア様の姿がそれを許さなかった。
胸元に怪しく輝く紫水晶の首飾りからは尋常でないほどの強い魔力が
暗い光と共に溢れ出ており、体全体に広がっている。
全身から感じる強い力に反して、こちらに向けられている筈の煌々と輝く紅の双眸からは驚くほど何も感じられない。砕けた鎧の合間からのぞく痛々しい深い傷を意に介した様子もない。
理解が追い付かない状況の変化と強烈な違和感が私の思考を混乱させた。
「ゼノア様、一体何が」
私が言葉を言い終える前に、それは起きた。
前に座っていた男の姿が突然消えた。
直後、私の後ろで何かが壁にぶつかる鈍い音がした。
私が男の身に何が起きたのかを理解した時、既に大魔王の力の一端が強烈な衝撃となり私を捉えていた。
不可視の力によって私は壁に叩きつけられ、耐え難い痛みが体中を駆け巡る。
私の全身が悲鳴をあげ、四肢にうまく力が入らず、首だけが辛うじて動くだけだった。
床に倒れ、痛みに呻く私の視界に横たわる男の姿が目に入る。
私より先に吹き飛ばされた男は打ち所が悪かったのか、
呻く事すらせず、横たわったまま動く気配を見せない。
痛みで思考が掻き乱され、何度も同じ疑問が浮かび続ける。
何故なのか、どうしてなのか。
あらゆる状況が私を置いて移り変わっていく。
大魔王ゼノア様の身に何が起きたのか。
あの男が何の為に傍らで座っていたのか。
私は何故、今殺されようとしているのか。
自分の中にある筈のない答えを求め続けた。
顔を上げると、大魔王ゼノア様が既に目の前に来ていた。
手にしている黒き刃を振り上げても尚、こちらを見下ろす紅蓮の瞳には何も映っていなかった。
希望を求めて此処まで来た、その希望に私は殺されようとしている。
私は最後の瞬間まで瞳を開けていようと思った、たった一つの疑問にだけでも答えが欲しかった。
私に黒い刃が振り下ろされる瞬間、白い光が視界を切り裂いた。
白い光は一振りの刃だった。その刃は倒れていた筈の男が振るう私の剣だった。
剣を振るう男は黒い刃を受け止め、流れるような動きで弾くと共に刃を再び煌めかせ、大魔王ゼノア様の首を落としていた。
しかし、首を落とされながらも、大魔王ゼノア様だった者は黒き刃を依然として振り抜き、男を襲った。
男は振るわれる刃を避けると同時に瞬く間に懐に入り込み、深々と胸に剣を突き刺した。
突き刺された大魔王ゼノア様だった者の腕から力が抜けるのが分かった。
大魔王ゼノア様だった者の体に広がっていた暗い光は眩い輝きに変わり、男達を覆い尽くした。
私は眩い光に意識が何処か深い所に誘われるのを感じながら、
一瞬だけ見えた男の顔に大魔王ゼノア様と同じ紅蓮の瞳が燃えていたのを思い出していた。