可能性を背にして
加筆、修正の可能性あります。
最初の一言は警告だった。
耳に届いたのは聞き慣れない言葉だが、その意味を察する事は難しくなかった。
重症を負っていた男の息は既に無く、その傍らに座る俺がどの様に見られているのか。その答えが鋭い一声と後ろから首筋に当てられた冷たい感触である。
聞き慣れない言葉から此処が何処なのか見当もつかないが、
どの文化圏であろうとも死者の傍らに居るには相応の理由が必要だ。
その死者の死因が外傷であると見えるのならば尚の事だ。
嘘を吐くのは状況を悪くする、だが本当の事を信じてもらえるだろうか。
重症の男を助けようとして気が付いたら此処に移動していて、男は手遅れだった。
この言い分を聞いて、相手はどう思うか、想像に難くない。
相手から見た評価が不審者から頭のおかしい不審者になるだけだ。
今の俺は加害者、良くて加害者の関係者と見られているだろう。
「ま、待ってくれ!俺は助けようとしただけだ、何もやっていない!」
俺が気力を振り絞って出した声は震えていた。
本能的に感じる命の危機が体を強張らせ、震えながら声を出すだけで精一杯だった。
言葉が通じなくとも、どうにかして俺が話す意思がある事を伝えたかった。
不用意な事をすればこの場で全てが終わるだろう、だが何もしなければ
状況を変えることは出来ない。
今出来る唯一の方法が対話だけだった。
後ろの相手の素性は分からない、警察組織か自警団、善意ある一般市民の可能性もある。
だが相手がたとえ何者であろうと、この状況について知りたければ
俺に話を聞くのが一番の近道である筈だ。
こちらが無抵抗で協力的であると判断されれば、対話を行う機会を設けられるだろう。
相手からの返答は直ぐには返ってこない。
やはり相手にとっても俺の言葉は聞き慣れないものなのだろう。
当然ながら相手も考えなければならない事は少なくない。
死者の傍らに座る聞き慣れない言葉を話す男、不可解な状況であり、事件性も高く見える。
死者は重症であった様子であり、重要な容疑者である座っている男は無抵抗だが、
震えながら訳の分からない言葉で何かを訴えている。
相手としても頭を悩ませるだろう。
相手の反応を待つ間、重苦しい沈黙の中で思考だけが忙しなく動き続ける。
俺の目まぐるしく移り変わる思考は、見落としていた一つの可能性を見つけ出した。正確にはその可能性の性質上、今までわざと目を向けずにいただけなのかもしれない。
目を背けていたのは相手が正常な思考の持ち主で無かった場合の可能性だ。
もし、後ろの相手がそんな人物であったなら話が変わってしまう。
そう、例えば悩むのが酷く面倒に感じてしまう性格で、物事の真実だけでなく
他者の命に対しても頓着しない主義であったならばだ。
俺が新たな可能性について見つめ直そうとした時、相手からの返答があった。
以前として首筋に冷たい感触を感じながら、聞いた言葉はやはり意味が分からないものであった。しかし、相手の声を荒げた返答からは強い苛立ちが窺え、現実と俺の希望とが大きくかけ離れていることを知るには十分なものだった。
俺は新たな可能性に目を向けてしまった後悔と共に全身から血の気が引くのを感じた。