傍らに謎
加筆、修正の可能性あります。
「動くな」
警告と共に相手の首筋に剣を突きつける。
茫然と座っていた男の体が強張るのがわかった。
男が震えながら何か言葉を発しているが、その言葉は聞き慣れないものであった。
知らない言葉ではあるが、意味が命乞いの類いであることは分かる。
相手に即座の交戦の意志が無いことはこちら側にも助かることだった。
私にもとにかく状況がわからない。
この部屋に辿り着いた時に既に男は座っており、傍らの遺体に目を落としていた。
そして信じ難いことに傍らの遺体こそ大魔王ゼノア様の無残に変わられたお姿だった。
大魔王ゼノア様はやはり亡くなられていた、私は愕然とした。
魔族軍が再び結束する唯一の希望が失われたのだ。
大魔王とは魔王の中の王である、それ故に相応しい後継が現れるまでに時間がかかる。長い魔族の歴史の中でも大魔王の位は特別であり、空位であった期間が長い。
大魔王が不在の中で、各部族の魔王から次の魔族軍統率者を選出する際には
部族間の衝突は避けられないだろう。
大魔王を失い、混乱を極める魔族軍では人族に勝つ事は出来ない。
私の予想の内で最悪の想定が現実になってしまった。
ただ一つ、この目の前にいる存在だけは予想外であった。
この座っている男は何者なのだろうか。
見慣れない服装ではあるが、姿から人族であろうと思われる。
敵が大魔王の遺体の傍にいる、この光景自体は想定をしていなかったわけではない。先ほど城から感じた魔力が大魔王ゼノア様ではない場合は当然の可能性として、強大な力を持つ敵の存在を考えていた。
しかし、この男を目の前にして先ほど部屋から感じた強い力の持ち主とは到底思えない。この男からは力を何も感じる事が出来ないのだ。
本来、大魔王城の中に居るというだけで力の証明である筈なのだ。
それにも関わらず、力を感じる事が出来ない。
それは余程に高位な実力者であるか、連れられて来ただけの哀れな弱者であることを示す。もし、大魔王を倒す程の高位の実力者であれば、私の命は既に無いだろう。
つまり、結果として一番可能性が高いのが哀れな弱者であるという可能性だ。
だが、この場合にも大きな疑問が残る。
何故、この場に男が残されているのか、その意味が分かりかねる。
もし、大魔王を倒す程の仲間がいるのならば囮に置かれる必要はない。
警告か脅迫の伝言役として置かれるのならば、少なくとも言葉が通じる者を置くだろう。
この男を連れてきた者が大魔王を倒せる程の力を持つのならば、この男を連れて来る必要もなく、連れ帰るのも造作もないだろう。
考えれば考えるほどに、輪をかけて分からなくなってくる。
この男の存在は私の頭を悩ませる以外に何の為に存在しているのだろうか。
「お前は一体何者なのだ!」
期待を裏切られた絶望と把握しきれない現状への苦悩が苛立たしさとなり、
答えが得られぬ問いを思考から溢れ出させた。