闇への歩み
大幅な改訂があるかもしれません。
私は月明かりを背に城を見上げていた。
暗い森の中に突如として現れる異質な建造物。
城の周囲では森の中で感じた獰猛な視線も怯える息遣いも感じられない。
森の中を我が物顔で闊歩する捕食者も命を懸けて逃げ惑う弱者達でさえ、
此処には近づかない。
眠るような静寂に包まれてなお、見る者を不安にさせる何かを宿している。
目の前の古城は多くの呼び名を持つが、最も畏敬の念を込めて呼ばれる名は「大魔王城」。
代々の大魔王が居城として使用した、古き森が抱える恐ろしき歴史の一つである。
恐るべき力を持つ大魔王達を主として、この暗き森の中であらゆる者を拒み続けてきた。招かれざる者の多くは城に辿り着くことさえできず森の掟の中で息絶え、辿り着いた僅かな者達は魔王城に挑み、絶望を知ることになる。
私が暗き森を風の様に駆け、この城の前に来たのには理由がある。
主の帰らぬ、誰もいないはずの城に強い魔力を感じたからだ。
本来の主である大魔王ゼノア様は先の襲撃から謎の失踪を遂げていた。
大魔王城を襲撃した人の子の勇者達と単独で交戦をしたという記録以後、大魔王ゼノア様の一切の消息が掴めなかった。
交戦後に人の子の勇者達は深手を負い、逃げる様に魔族領を後にしたという報告もあり、大魔王ゼノア様の勝利を誰もが確信していた。
しかし、大魔王城には大魔王ゼノア様の姿は無く、周辺を軍を挙げて捜索したにも関わらず、生死すら不明だった。
大魔王の生死が掴めない、これは魔族全体を揺るがす大きな問題である。
大魔王の不在、生きているのならば何故姿を見せないのか、亡くなられているならば次に魔族軍を指揮するのは誰になるのか。
魔族軍全体に不信や不安が溢れ、団結が揺らいでいる。
魔族軍を構成する各部族は決して良好な関係を持つ者達だけではない。
大魔王の存在により一時的に友好的な状態を維持しているに過ぎない。
人族との大戦の最中に大魔王の不在に内輪での争いが重なれば魔族軍に勝機は無いだろう。
事態は確実に悪い方向に向かっている、魔族全体の先行きに暗雲が立ち込めているのは、私の様な星を読むことが出来ない者にも容易に分かった。
私はこの状況を打破する方法は一つしかないと考えていた。大魔王ゼノア様の帰還こそ唯一の希望だった。だから、私は暗き森と共に主無き城を見張り続けた。大魔王ゼノア様は生きており、大魔王城に戻られると信じながら幾夜も待ち続けた。そして、今宵遂にその兆しを得たのだ。
大魔王城の中に強い魔力を放った者がいる。その者は大魔王ゼノア様なのか、それとも別の者なのか。どちらにしても会わねばならない、希望でも絶望でも答えを得なければ前には進めない。
私は一度だけ深い呼吸をして、今までの思考を自身の奥深くへ押し込んだ。渦巻くことを止めた思考は澄み渡り、冷たい夜の中で意識を研ぎ澄ましていく。私は自身を静寂の中に溶かしながら腰の剣を抜き放ち、大魔王城へ踏み出した。己の選択の正しさを確かめる為に立ち止まることは許されない。