目覚めの痛み
俺は人生の中で最も悪いであろう目覚め方をした。
頭の奥が締め付けられるような痛みで目が覚めた。
痛みに思わず、頭に手を伸ばそうとした時、痛みは頭だけの問題ではないことを知った。
僅かに体を動かしただけで全身に痛みが走った。腕が、肩が、腰が、足が何かに耐えかねるように悲鳴を上げていた。
俺は痛みに呻きながら目を開けた。
ぼんやりと見えるのは知らない天井だった。
石造りに見える天井には、煤のような黒い汚れが所々にある。
視界に飛び込んできた光景と体の痛みが止まっていた思考を動かしていく。
ここは何処だ、何故これほど体が痛むのか、俺は何をしていたのか。
今の状況について、次々と疑問が浮かびあがる。
鈍い頭痛に邪魔されながらも判然としない記憶をゆっくりと辿る。
俺はいつものように気怠げに家を出て、安息を求めて家に帰ったはずだ。夏の茹だるような暑さの中を駅から歩いた記憶は確かにある。
家に着いて、扉を開けて、そこからの記憶が曖昧だった。
俺は扉を開けて、そこで足を止めた。何故、自宅の前で足を止めたのか、思い出せない。
俺は痛みと共に思い通りにならない思考に、息苦しさを感じて深く息を吸った。
その時、不快な匂いが辺りに漂っていることに気づいた。
鼻をついた鉄のような不快な匂い、それを嗅いだ瞬間、思い出した。
俺は以前、この匂いを嗅いだことがある。
家の扉を開けた時にこの匂いを嗅いだ、そして立ち止まった。
曖昧だった記憶が鮮明になっていくのを感じた。
恐る恐る入った家の中には見知らぬ男が居て、訳のわからない声が頭に響いてきて、倒れている男が大怪我していることに気がついて、無我夢中で手当をしていたら、光に包まれて、それから俺は、男は。
記憶を最後まで辿り終える前に、俺は痛みに耐えながら上体を起こして、首を巡らせていた。
それは探すまでもなく俺の傍にあった。
黒い水溜りだったものは、乾いた汚れに変わり、その中心に男は倒れていた。
仰向けに倒れた姿には、記憶にある力強さは既になく、代わりに何かが抜け落ちたような空虚さがあった。
静かに横たわる男を見て抱いた感情は酷く鈍いものだった。一瞬の驚きの後、様々な感情が中途半端に浮かび上がっては混ざり合う。ほんの僅かな時間だけ会話をした、相手を知るには短すぎる時間だった。この男のことを悼むにはあまりに多くのことを知らな過ぎる。この男がどのような人物であったのか、何を想い生きていたのか、そして何故部屋で倒れていたのか。
「何で俺なんだ・・・」
思考は解けない疑問で溢れかえり、思わず口から零れだす。