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魔王の扉

改訂するかもしれません。

猫の手を借りた。


別段、忙しいわけではなかった。

自身が窮地に陥った際に掴んだのが藁ではなく、猫の手だったというだけだ。

猫の手を借りれたことは幸運だった。実際に手を借りれた者は極稀であり、知る限りではとある貧しい男一人だけだ。貧しい男は猫に何を願ったのだったか。手を貸した靴を履いたという猫は言葉に従った男を貴族に仕立て、王にした。男を王にするというのは誰の考えだったのか、男が猫にそこまで望んでいたのかは分からないが恐るべき猫の力の一例だろう。では、鎧を着た猫に手を借りた者はどうなるのか。


「明人、この先だ」


こちらを振り返るミラには人にはない相貌があった。

俺の協力者は猫だった。いや、より正確に言うなら猫科の人だろうか。

ミラが初めて兜を外した時は変な声を挙げて驚いてしまった。こちらを見つめる猫科の大きな瞳、褐色の肌に栗色の髪、その中から覗くのは獣の耳。仮装というには生々しい、猫を髣髴とさせるそれらは全て本物だった。顔を見て驚いてしまったことを謝罪すると、そんなにこの顔が珍しいのか、とミラはカラカラと笑っていた。ミラが言うには、俺が見慣れた顔は人族のものであり、種族全体で似通った人族と比べ、魔族には部族毎に体格、角、尾、羽といった様々な違いがあるそうだ。

世界が違えば種族が違う、納得するしないではない。語られることの多くは半信半疑にならざる負えない内容であるが、目の前のミラが語るからには信じねばならない。今、この場で自分自身の正気を疑う余裕は無いのだ。立ち止まる暇はなく、動かねばならない、徐々に浮き彫りになる逼迫した状況が俺を追い立てていた。

語られた話の中には戦争に関するものがあった。現在、この世界は特大の戦火に包まれているらしい。魔族と人族の遠い過去から続く対立の一つの局面、種族対立の果ての大戦と呼ばれる全面戦争。両者の生活圏の境界を超えて多くの戦いがあった。勇者とその仲間達による大魔王城襲撃はその一幕だった。彼らは大魔王と戦い、深手を負わせ、この世界から消し去った。結果を見れば彼らは勝ったのだ、恐るべき力を持つ魔族の指導者に。だが、彼らは深手を負い、魔族領を後にした。大魔王城で何が起きたのか、それを知る者はここにはもういない。魔族領を去ったという彼らの足取りも不明である。

尋ね人に関して分かっていることは、人族であり、勇者の仲間であり、既に遠くに移動した可能性があるということだった。混沌とした大戦の最中ではこの相手を全うな方法で探すことは出来ない。それならば全うでない方法を選択するしかない。ミラが選択した答え、それは俺を魔王にするというものだった。

世の中は不思議なことばかりである。

いきなり世界的な迷子になったかと思えば、次は魔王である。迷子から魔王とは出世したものだ、喜ぶべきなのだろう。だが、家に帰る為に魔王になる、何かがおかしくはないか。魔王になってどうするというのか、そもそも大前提として俺は魔王になれるのか。

お前ならなれる、ミラへの確認という名のささやかな反論は二つ返事で切り捨てられた。魔王になる条件として最も重要なのは相応の力を持つかどうかであるという。ミラにとって俺は大魔王を殺した者、相応しい力を持つ者らしい。見当違い、という自己評価は根拠に対しての認識の差によるものだろうか。ゼノアというあの男、大魔王の最後についてはミラと俺の主張に食い違いがあった。立ち上がり、剣を振り降ろす男の姿を見てはいないし、ましてや男の首を切り落とした記憶なんて俺には無い。だが、気付いた時には剣を握りしめていたのは事実だ。何が真実であるか、本来ならばそれを克明に伝えるべきものが無かった。両者の欠けた記憶を埋めるはずの男の遺体が見つからないのだ。探した時には幾つかの物を残して遺体はあの場から無くなっていた。光が俺と男を包んだ場面を最後にミラにも記憶が無いという。

あの男がいた痕跡は今や黒く乾いた血の跡と僅かばかりの遺留品である。

遺留品は剣と首飾り、特に光を放ったという首飾りは妖しい輝きの宝石が付いた高価そうな物である。お前が持つべきだ、とミラに持たされたそれらは着の身着のままの俺には酷く不釣り合いであった。遺体の行方、何故か残された物、欠けた記憶とその真相についての話し合いはある一点についての合意の上で棚上げとなった。あの男、大魔王ゼノアは既に生きてはいないという共通の認識を持つことで、謎を謎として話しを進めた。あの男の死こそが証だと言われれば否定しきれない、それに加え帰る為にやれることはやると言った手前もあり、俺はミラの提案を受け入れるしかなかった。


「本当に大丈夫なのか」


自称魔王となっての初仕事として連れてこられたのは城の地下深くにある扉の前。途轍もないほど大きな扉は何ともおどろおどろしい地下への道を黙々と歩いた先にあった。

連れられ降りた地下は温もりを忘れた静寂で満ちており、松明の爆ぜる音だけが妙に響いていた。

不安げに呟いた言葉が何かに伝わる前に闇に呑まれてしまう気さえする、この場所はそれほど暗く冷たい。松明に照らされた扉には複雑な紋様が無数に刻まれており、扉の大きさと相まって、見ているだけで押し潰されそうな異様な雰囲気がある。見ただけで分かる、この扉は本来開けるべきではないのだろう。だが、俺の役割は鍵だった、俺を魔王にした目的の一つがこの扉を開けることだった。

ミラ曰く旅に必要なものがある場所への扉、巨人の扉とも言うべき大きな扉は押した引いたでは開きそうにない。開け方すら分からぬ扉を開けるのが魔王の仕事ならば、それが出来ない俺はやはり魔王にはなれないのだ。魔王の件についてミラと再び話す為にも、押し戻されそうな圧迫感の中を進み、扉に手を伸ばした。扉に指先が触れた瞬間、何か冷たいものが指先から全身へと伝わった。後悔するより先に身体の奥深くまで潜り込み這い回るそれが通り抜けた所は凍りついたように冷たくなった。一瞬で内側から凍らされたような身体は満足に動かせず、身震いすらぎこちない。手を離そうにも指先は貼りついたように剥がれない。失敗した、と思った時には既に手遅れだった。開かない扉を押すだけ、ただそれだけのはずだった。開く資格が無い者が触れた時どうなるのかを身を持って体験する気など無かった。後悔の念に苛まれている間にも、内に満ちる冷気は末端の感覚を飲み込みながら這い上がり、俺の心臓の鼓動すら凍てつかせんと包み込んだ。だが、俺の心臓が凍ることはなかった。身体の中から全て失われたはずの熱がそこにあった。熱を与えたのは胸に触れた首飾りだった。淡い光を放ちながら触れた場所から熱を伝えていた。はじめは僅かだった熱の流れは次第に大きくなり、内に満ちていた冷気を押し戻していった。冷気は飲み込んだものを吐き出しながら遂には扉へと戻った。冷気を押し戻してなお熱の勢いは止まらず、指先から扉に流れ込んでいくと、扉の紋様が首飾りと同じ色に光り始めた。視界を埋める大きな扉全体に熱と光が広がっていく光景はとても神秘的に見えた。暗く冷たかった空間が今や光と暖かさに包まれていた。

扉全体に光が満ちた時、低い音を出しながら扉は大きく震え、ゆっくりと動き始めた。

呆然と俺が見つめる前で扉は開いていく、何故開いたのか、何故開けたのかも分からないまま。

扉の先は大魔王城地下封魔殿、宝物庫ならぬ禁忌庫として伝わるという場所。


森深く、城深く、地下深く、世界と隔絶したこの場所を開いた意味を俺はまだ知らなかった。



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