プロローグ
初投稿の者です。
拙い文章ですが練習の為連載を目指したいと思います。
文章の改訂は多くなると思いますのでご了承ください。
ある夏の暑い日。
自宅の扉を開けた瞬間、異臭が鼻をついた。
鉄のような、あまり嗅いだ事のない匂いだった。
匂いに顔を顰めながらも、室内を思い返してみるが原因に心当たりはなかった。
不思議に思いながらも家に入ることにした。
玄関を上がり、居間に近づくほど匂いは強くなっていくようだ。
どうやら居間に原因があるらしい。
原因がわからないので念の為、慎重に居間の扉を開けた。
開けると同時に匂いが溢れ出し、中の様子が目に飛び込んでくる。
カーテンを締め切った暗い室内、壁際には見慣れぬ大きな黒い塊があった。
大きな黒い塊には二つの赤い点があり、禍々しい光を放っていた。
それが何か理解するのに時間はかからなかった。
朧げに闇に浮き出る黒い輪郭が瞳であると教えてくれた。
顔があり、肩があり、腕がある。
闇に溶けるようにだが確かに人の形を成している。
「お前は何者だ」
不意に何処からか声が聞こえた。
まるで頭の中に直接響くように聞こえる太く低い声は力強さを感じさせると同時に何かに耐えているようだった。
俺は頭に響く声に驚いていた。
壁際の相手に注意しながら、周りを見回すが目の前の相手以外は誰もいない。
「答えよ、お前は何者だ」
再び声が頭に響き渡る。
それと同時に壁際の相手が僅かに動き、片手を上げ、一瞬だけ何かを突きつけたが、力なくすぐ降ろした。
どうやら目の前の相手が話しかけていたらしい。
「俺は深海明人だ。お前は誰だ、何故ここにいる」
俺は尋ね返した。
「我は魔族最強の王、千の呪文と百の武器を操る者、大魔王ゼノアだ。忌々しい勇者共との戦いの最中に深手を負わされ、この地獄に飛ばされたのだ」
聞こえてくる大魔王や勇者という非現実的な単語は相手の正気を、頭の中に聞こえる声は俺自身の正気を疑わせた。
相手が異常者である可能性、自分自身が異常者に成り果てた可能性、考えたくはないが両方否定しきれない。
しかし、目の前の暗がりに煌々と輝く赤い二つの光は重々しい存在感を放ち、そこにあることは疑うことが出来なかった。
魔王や勇者、物語の中でしか聞かない言葉と同時に頭の隅に引っかかるのは深手という一言。
俺は恐る恐る、近くの照明のスイッチに触れた。
一瞬の明滅の後、蛍光灯の明かりが照らし出した光景に息を呑む。
壁際には大きな男が倒れていた。
乱れた銀の長髪、煤けた力強さを感じさせる精悍な顔つきは何かに歪められ、体に纏う黒く鈍い光を放つ甲冑のような物には全体に亀裂が走り、所々欠けた部分からは黒い液体が零れている。
零れた出た液体は男を中心に黒い水溜りを作っていた。
「おい、あんた大怪我してるじゃないか!」
俺は反射的に叫ぶと同時に救急箱を取りに行った。
戻って救急箱で手当をしようとして気がついた、これではどうにもならない。
一目見て重傷の相手に家庭の医療でどうすれば良いというのか。
片膝をつき、救急箱を開けた時点で固まってしまった。
「情けは無用だ、人族よ。我はもう長くはない」
頭の中に流れてきた声は苦痛にたえているようだった。
「うるさい、怪我人は黙ってろ!」
俺はその声に叫び返すことで再び動き出すことが出来た。
止血する為の布を傷口にあて抑え、片手で携帯を探す。
傷口を抑えた時相手は顔を歪めたが気にしている暇はなかった。
「お前は人族だろう、なぜ魔族の我を救おうとするのだ。マナも精霊の加護も感じられない、この地獄で生きる者なら我を恐れる必要もないだろう」
苦痛に耐えながらも相手はじっとこちらに瞳を向け話を続ける。
「怪我人は助けるのが当たり前だろう!人種なんて関係あるのかよ」
俺は携帯を探りあてながら苛立ちを隠さず怒鳴り返した。
視界の端に映った、相手の瞳が大きく見開かれた気がした。
俺は震える指で何とかダイヤルを打とうとした時、突然脳内に笑い声が響き渡った。
その声は今までと違い常軌を逸したかのよう喜びに満ちていた。
「面白い!ああ、面白いぞ、人族の子よ。
この地獄に生きる強さを持ちながら瀕死の敵を助けるという。愚かな人族の子よ、我はお前を気に入った。褒美をくれてやる」
頭の中に声が響き渡ると同時に膝をついている黒い水溜りが眩い真紅の光を放った。
「我は大魔王ゼノア、魔族最強の王にして千の呪文と百の武器を操る者!今、勇者達の秘術を辿りて、あるべき場所へと帰還を果たさん」
声と同時に光は急激に増していき、俺と部屋とを飲み込んだ。
「おい、これ、なっ!」
光に包まれた俺はまともに言葉を話す前に謎の浮遊感を味わうことになった。
直後、断続的な衝撃が体を襲う。
最初ビニールのような、次には布、そしてプラスチックといった感触の物に衝突し、それを突き破る。そして、最後には鉄板のような硬い何かに衝突し、突き破る際に全身の骨が悲鳴をあげ、堪え難い痛みが走った。
痛みに悶える間もなく、直後に浮遊感は途切れ、何かに叩きつけられた。
二度目の全身への痛みは声にならない叫びをあげさせ、思わず体を丸めた。
体を丸めた時に硬い地面のようなもの上にいることに気づいた。
肌から伝わる感触は冷たく硬い、石畳だろうか、土ではないようだ。
不意に背後から苦悶の声が聞こえた。
痛みが抜けきらない体を無理矢理動かし、振り返ると苦しそうに息をするあいつがいた。
亀裂が走っていた鎧は大部分が砕けてなくなっていた。
体から滲み出る液体は再び黒い水溜りを作ろうとしている。
どうやら、相手もこちらに気づいたらしく瞳を向けてきた。
「やはり、あの秘術は使用者への負担が想像以上に大きいようだ。この分だと勇者の仲間の魔術師は死んでいるやも知れんな。ハハハ、愉快だな、全くもって愉快だ」
再び頭に響いてきた声は目の前に横たわる姿とは結びつかないような喜びに満ちたものだった。
「あんた、愉快って、その怪我じゃもう....」
話してる間にも止めどなく流れる液体は黒い水溜りを大きくしていく。
俺は最後まで言葉を続けることが出来なかった。
「ああ、わかっている。しかし、フカミアキトと言ったか。我ですらこの醜態なのに、お前は僅かな傷だけか。やはり、面白いやつだ」
再び頭の中には心底愉快そうな笑い声が響きわたる。
「地獄ではなく、我が生きた地で死ねるなら何も恐れることはない。しかし、我はただでは死ぬ気はない。人族の子よ、手を」
俺は力なく伸ばされた手を両手で掴んだ。
まるで、その手は天寿を全うしようする弱々しい老人の手のように感じたからだ。
「地獄に生きる人の子よ、今際の際の我を愉しませた褒美だ」
しっかりと握り返された手は死に瀕する者とは思えぬ力だった。
男の口から蚊の鳴くような声が聞こえる、しかし、その言葉は理解できないものだった。
言葉に呼応するかのように黒い水溜りから再び赤い光が溢れ出す。
掴まれてる腕が急激に熱を帯びるように感じた。
「我が力、全てくれてやる。天を裂き、大地を割る、神をも恐れぬ魔王の力を受け取るが良い」
その言葉と同時に腕に集中していた熱は更に熱くなり急激に腕を上り、全身に駆け巡る。
思わず、手を放そうとしたが、何処にそんな力が残っているのだろうか、万力の如く握りこまれ放すことが出来なかった。
血管に熱湯を流し込まれたように全身が内側から焼けるように熱かった。
喉も焼かれたようで叫びたいがうまく声が出ず、獣のように呻くことしか出来なかった。
思考が焼けつき、意識が薄れゆく中で、頭に何かが響いた。
「お前の生き様見せてもらおう」
そう聞こえた気がした。