絶妙な塩加減だ、咲も食うか?
それから少しして騒ぎは収まり、もとの静かで平和な屋上が戻ってきた。と言いたいところだが。
実際は皆逃げて行っただけで根本的な解決は何ひとつできちゃいない。
そしてこの屋上に残されているのは、ご機嫌斜めの咲さんと僕……と、元凶であるファンクラブc君の屍。
「……」
「いやぁ絶妙な塩加減だ、咲も食うか?」
「いらない」
「そ、そうか」
屋上のフェンスにもたれながら、教室では食べることの出来なかった鮎の丸焼きを齧る。
鮎自体は文句なしに美味いのだが、隣の咲さんが殺気を放ち続けているのでなんとなく味わって食べられません。
「まだ怒ってるのか咲?」
「怒ってなんかないわよ」
「そうには見えないから言ってるんだけど」
「大きなお世話よ」
どうでしょう皆さん。今の会話をお聞きになって咲さんは怒っているか否か。
おそらく多くの人が彼女は怒っている、とお思いになられるでしょう。
大丈夫、皆さんは何も間違っておりません。普段から不機嫌キャラとして定着しつつある咲さんはきっと怒っているんだと思いま……
「それ以上失礼なこと言ったらここから叩き落すわよ」
「っ!? ごほっ、ごほ、げほっ!?」
「うわ! ちょっと飛ばさないでよ!」
「咲が物騒なこと言うからむせたんだろ!?」
「先に失礼なこと言ったのは春じゃない!」
「なにが不機嫌キャラよ、意味わかんない」と言い、呆れ顔で立ち上がった咲はそのまま屋上を当ても無く歩き始めた。
ってあれ。もしかしてさっき考えてたこと口に出してたのか?
「大体あたしは怒りたくて怒ってる訳じゃないんだから。今回だって春が屋上で騒ぎの中心になってるって聞いたからわざわざ飛んできたのに」
「咲……」
「それなのに、なに一人で鮎の丸焼き食べてるのよ。一言お礼くらい言ってくれてもいいじゃない」
「いやだから咲さん」
「なに?」
いやその。今言うことじゃ無いかもしれませんけど、そんな目の前でウロウロされるとね。困りますよ僕は。
ほら、今も暖かい春風に揺られて……咲さんのスカートがね。ふわりふわりと舞うわけですよ。
「僕の角度から咲さんの黒パンが良く見えるのですが」
「あぁー……なるほど、ごめん」
事情を察した咲はスカートを抑えながら再び僕の隣に腰掛ける。
そんな彼女の横顔はほんのり朱色に……染まっていることも無く、まさに恥じらいの『恥』の字もありません。
もっと乙女チックな反応を期待していたんだが、まぁ咲さんはそんなに甘くはないよな。
「ねぇ。真面目な話、していい?」
「鮎食べながらでいいか?」
「……いいけど」
「悪いな、もうすぐ完食だから」
なんとも不服そうな咲を横目に、鮎の丸焼きを齧る。
「最近ね、くるみちゃんがよく泣いてるの」
「え?」
「自覚は無いみたいなんだけど、夜中に寝ぼけて小一時間くらい。お母さんが言うには家族が誰も居なくて寂しいのが原因らしいんだけど」
「あ、あのくるみがか?」
「いくらしっかりしてるとは言え、くるみちゃんはまだ小さいから。親やあんたが居なくなって寂しいんだと思う」
そうだったのか……いや、むしろ寂しくて当然だよな。そりゃ。
いきなり親が消えて、家にも帰れなくなって、咲の家で暮らすようになって僕まで消えて。
今まで当たり前のように存在していた家族がどんどん消えていくという環境の変化に、まだ小学生のくるみには耐えられるものではなかったのだろう。
「春。今日だけでいいの、今日はウチに泊まりなさい」
「……そうだな、わかった」
くるみに寂しい思いをさせる訳にはいかないからな。今日はくるみと一緒に居てやろう。
そんな理由で、今晩は咲の家に泊まることになったのであった。




