三途の川的な。
僕がその殺気を感じたのは、ほんの数分前。
田中さんと今日の夕食について話している時だった。
「なぁ、夕飯どうすんの?」
「夕飯ですか? そうですね、今日はお魚のひらきにしようかと」
「ひ、ひらき」
「真鍋さんお魚のひらき嫌いなんですか?」
別に嫌いではない。ただ好物でもないんだが。
「いや大丈夫。田中さんが作ったものならなんでも食えるし」
「そ、そうですか。えへへ、なんか照れますね」
少し頬を赤らめる。
相変わらず照れやすい子だなぁ。
どれどれ、ここはもっと田中さんを照れさせて目の保養を……
「……何ヤツ!?」
その時背中に強烈な殺気を感じ、慌てて振り返ろうとしたのだが。
何故か首がホールドされていた。
「ぐっ、ごほ!」
く、首が回らない!?
なななななんだこの状況は!? 何故いきなりスリーパーホールド!?
「ま、真鍋さん!?」
目の前の田中さんが叫ぶ。
「たながッ、さ」
やばい声が出ん。
田中さんに、背後の人物が誰なのか聞くことすらできない。
「春、アンタ……」
「え?」
この聞き覚えのある声は、まさか咲!?
元々喧嘩っ早いヤツとは思っていたが、いきなり首をキメてくるとは思わんかった!
「なっ、なんで首しめてんの!?」
「アンタみたいなバカはいっぺん死んでから考えてみなさい!」
なにその理不尽!?
とツッコミを入れる前に、首に回された腕がきつくしめられた。
「ちょっ! 咲さ!? マジで死ぬからっ、やめウゴッ!?」
あ、やべ……これはっ、死ぬ。
そんなことを考えながら、僕の意識は遠のいていった。
あれ? なんか身体が軽いな。
というか、軽いんじゃなくて浮いている感覚に近い。
「おぉ春よ。死んでしまうとは情けない」
そんな声に起こされ、僕は目を開いた。
「なんだここは?」
辺りを見渡すが何もない。
視界にうつる全てが真っ白だった。そんな真っ白な空間に浮いている男が一人。
「なんでとーちゃんがいるんですか」
目の前で浮いている男、それはロンドンで骨を埋めたとーちゃんだった。
「久しぶりだな春よ。ついにお前も死んでしまったか。いやはやお父さんは悲しいぞ、せめて孫の顔くらい拝ませて欲しかったもんだ」
「いや先に死んだのとーちゃんだから」
「まだ死んだと決まったわけではないだろう!」
まぁ確かにそうだけどさ。
「でもほとんど死んだ扱いだろ。こんなわけのわからん空間に登場してるし」
「いや。こういう機会じゃないと登場できんと思って」
機会ってなんすか。
「まぁ、それは置いといてさ……ここって何?」
「三途の川的な」
「三途!?」
あ。そういえば突然咲に首を絞められて。
え! 僕あれで死んだんだ!?
ず、随分あっさり死んだな! てっきりいつものコメディーノリでケロっとしてるもんだと思ってた!
「いやいやいや! ちょっと待てって! まだやり残した事があるから死ねん!」
「ほぉ。やり残した事か。それはなんだ?」
「聞きたいのか?」
そんなもん決まってんだろ。
「僕がやり残した事はな……」
言いながら、一歩踏む出す。
「どうした春よ? そんな怖い顔をして。顔と不釣合いだぞ?」
うるせ。こっちは突然殺されかけて気が立ってんだ。
しかもこんなわけのわからんところでとーちゃんに会うし。これで冷静を保っていられるわけがない。
「由紀さんたちになんもお返しできてねーし、田中さんたちと協力して暮らしていかなきゃなんねーし、それに……」
とーちゃんの目の前で立ち止まると、その胸倉を掴んで引き寄せた。
「え!? ちょ! なんだ春!?」
「とーちゃんたちを探し出して、ぶん殴ってやらなきゃいけねーんだよ!」
「いやっ、それは現実世界の俺を殴ればいい話……ブベラッ!?」
メリッ、っと気持ちのいい音が鳴り響くと、とーちゃんの身体ははるか彼方に吹き飛んでいった。
あぁすっきりした。現実のとーちゃんに会っても同じことするからな、心して待つように。
「お、親不幸者めぇぇええええええええええええええっ!」
「ハハッ、帰ってきてくれたら親孝行するからさ」
とーちゃんの断末魔を聞きながら、僕の意識は覚醒を始めた。




