プロローグ 平和にさよなら
えっちらおっちら、しんどいニケツで市役所近くまでやってきた僕達の前に一台の黒いバンが立塞がった。
こんな悪趣味な車に乗ってる知り合い居ないんだけど、どちら様でしょう。
「おいなんだよこの車、くるみの知り合いでも乗ってるの?」
後ろのくるみに尋ねると、
「しらんー」
全く興味なさ気な返事が返って来た。
やっぱ知りませんよね、そもそもお兄ちゃんはくるみに悪影響をあたえかねんお友達を一切認めません。
そうこうしている内に通せんぼをしていた黒バンがちゃりんこの隣に並び並走を始めた。
きゅるきゅる、と手動で下りてくる助手席の窓。
「よぉー 嬢ちゃん、妹さんとサイクリングかい? いいねェ?」
「……うげ」
助手席の窓が全開になると、車内から今朝の怖いオッチャンが顔を出した。
「えぇまあ、ちょっと市役所まで」
「こんな快晴な日に市役所なんて辛気臭ぇトコ行くなんざ、センスが良いとは言えないな。それよかオッチャン達と一緒に来ないか? 楽しいぞぉ?」
それだけは勘弁してください。
「しかしオッチャン達も大変ですね。土曜の朝っぱらから子供追い掛け回しちゃって」
「こっちだって好きでやってるわけじゃないんだがな?」
「ウチの親がご迷惑をお掛けしまして」
「いやいや、いいンだ。俺達だってなぁ、嬢ちゃん達も難儀な家庭に生まれちまったもんだって、一応同情はしてるんだぜ?」
そう言ってオッチャンはわざとらしく額に手をあて、かわいそうになぁと唸る。
だったら見逃してくれればいいのに、という野暮な台詞は素直に飲み込んだほうが良さそうだった。
「……というか、僕達って捕まったらどうなるんですかね?」
「あ? そうだな、とりあえず人質になるわな。借金返していただかないと、御子さんが大変ですよって脅すためにな」
大変っていうのは具体的に言うとどんな感じでしょうか。
「脅しても金が返ってこない場合は……そりゃぁまぁ、大変だわな」
そう言って、どこか遠い目をするオッチャン。
「……嬢ちゃん達がな」
「理不尽すぎる!?」
イヤァアアアア! マジで借金返済してくれかーちゃん!
「だから同情してるって言ったろ? まぁ今は親御さんの足取りを追ってる最中だから、今すぐ譲ちゃん達を捕まえてどうこうしようなんざ思っちゃいねェよ」
「……はぁ」
「だが施設なんかに逃げ込まれると、手ぇ出し辛くなるからこうして見張りはしてるワケよ」
要するに今は大丈夫だが、後々捕まえに来ますよってことか。
なんか施設とか役所は張られてるっぽいし。喜んでいいのか悲しんでいいのか微妙なところだなぁ。
「そんなわけだから、せいぜい親御さんが捕まるのを祈ってるんだな」
「なんか返事に困るんですけど」
そう言うと、オッチャンは声を上げて笑った。
なにが可笑しかったのか僕には理解できなかったが、なんかツボったらしい。
「そういうトコは嫌いじゃねぇんだが。ま、近いうちに状況を報告しに来てやるから、そん時まで野垂れ死ぬんじゃねぇぞ?」
「それはまぁ頑張りますけど。オッチャンの方も頑張ってウチの親捜してください」
「アァ? 大きなお世話だっつの……オイ、出せ」
オッチャンが運転席の男に声をかける。
なんか僕と話してる時の声色とは少し違う気がする。やっぱ怖いオッチャンは怖いんだな。
そんなことを考えながら、オッチャン達を乗せた黒バンを見送ったのだった。
怖いオッチャン達と別れかれた後、僕達はさっき通ってきた道を戻り始める。
「はぁ」
ちゃりんこのペダルを漕ぎながらため息をひとつ。
なんか施設には頼れそうもないし。これからどうすっかなぁ。
借金関係に複雑な子供二人を泊めてくれる家があればいいんだけど、んな都合のいい家あるわけないし。
「くるみー?」
後ろにいるくるみに声をかける。
「んー?」と返事がきたのを確認してから話始めた。
「今日から家が無くなったんだけど、どう思う?」
「えー? なくなったのー?」
「そーなんスヨ。ついでに親も消えちゃったんスヨ」
「きえたの? おかーさんとおとーさん?」
「そうそう。それでさ、これからどうしようって思ってんだけど、くるみはどうしたい?」
「んー? くるみね。むずかしいことわかんないから、おねーちゃんにまかせる!」
僕に任せる。そうきましたか。
結構きついんだよなぁ、僕バカでなんにも出来ないし。
「でも、まぁ……」
僕だって難しいことはわかんないから。
とりあえずくるみだけは守ってやりますかね。
「よしくるみ、そろそろ飯にするか。缶詰しかないけど」
そう訊ねる僕の後ろでくるみは、
「くるみ、おなかすいたー!」
そう言って、微笑んだ。
この話でプロローグは終わりです。いやぁ長かった。
次回、ようやくヒロイン達が登場します!