田中さん、一体なにが不満で?
「実は知り合いの家に、くるみを預かってもらうことになったんだ」
「くるみちゃんを、ですか?」
話を切り出した途端に表情が曇る田中さん。
「まだ小学生のくるみに野宿させ続けるのも身体的に不安だし、僕としては是非その家に面倒見てもらいたいって思ってる」
「そ、それはそうですけど。くるみちゃんは納得するんでしょうか?」
「あぁそれは大丈夫。その家の人たちとくるみって結構親しいから」
ちなみにくるみと咲は大の仲良しである。
世話好きの咲が赤ん坊のくるみとよく遊んでたからな、まさに旧知の仲ってやつだ。
「それで、くるみちゃんはいつ預けに行くんですか?」
「かなり急な話で悪いんだが。今晩連れて行こうと思ってる」
「そうですか……」
そう言って田中さんは近くで遊んでいたくるみを見る。
そのとき彼女の表情はとても儚げで、なんだか自分がくるみと田中さんを引き離しているように思えた。
「せっかく友達になれたんですから、もっと一緒に遊んでいたかったです。でも、それがくるみちゃんにとって一番の選択なんですよね」
その言葉に黙って頷く。
「……わかりました。わたしで力になれることがあれば、お手伝いさせてください」
「ありがと田中さん。ごめんな、暗い話題で」
「謝らないでください、一番辛いのは真鍋さんなんですから」
「え? 辛い?」
えっと、なにが辛いんだろう?
田中さんの言葉に首をかしげると、彼女のほうも「あれ?」と首をかしげた。
「え、えっと。くるみちゃんと離れ離れになるんですよ? 辛くないんですか?」
「離れ離れ? あぁ、それは違うって! 預ける家ってすぐそこだし、いつでもくるみの様子は見に行けるから!」
ここから徒歩十五分。
「ホラ、商店街を抜けたすぐの住宅地だよ。すぐそこだろ?」
「真鍋さん……」
「え? なんすか?」
あれれ? なんか田中さんの顔が物凄く怖いんですけど?
僕なにか気に障るようなこと言いましたっけ? むしろ今は良い話をしてたはずでは?
「田中さん、一体なにが不満で?」
「近くにひき取ってもらうなら、それを先に言って下さいよぉっ!」
田中さんが怒った!?
「どこか遠くの家にひき取られるんじゃないかって勘違いしてたじゃないですか!」
「わ、悪かった! 先に言っとくべきだったよな!」
なるほど。田中さんはくるみと二度と会えなくなる、って思ってたのね。
さっきから深刻な顔してるなぁ、とは思ってたけどそういうことだったのか。
「うぅっ。わたし、くるみちゃんとお別れしなくちゃいけないんだって。それで、ぐずっ」
「あ。泣いた」
「あー! だめだよ、みはるおねーちゃんなかせたら!」
「……すんません」
田中さんの泣き声を聞きつけたくるみまでむくれてしまった。
「えぐっ、真鍋さんのばかぁ……」
「申し訳ないです」
不味い。このままでは僕の好感度が地の果てまで落ちていく気が。
これは、逃げるしかない。
「あ! 僕サラダさんに用があるんだった!」
「さらおねーちゃんに?」
「そうなんだよ! 今からサラダさんと大事な話してくるから、田中さんのことは任せた!」
「あ! おねーちゃんにげちゃだめだよー!」
「よろしくなー!」
ごめん田中さん! 後で改めて謝罪するから、今は見逃してくれ!
そう心の中で叫びながら、橋下から逃げ出したのであった。




