プロローグ 無能な自分
ボロアパートから逃げ出した僕達はその辺に転がっていたチャリンコを拝借し、近くの河原にやってきた。
そこそこ手入れの行き届いた草の上に胡坐をかきながら、目の前を流れていく川の水をただぼぅっと眺める。
「はぁ」
そりゃため息も出るさ。
なんでもない土曜の朝、いきなり借金押し付けられて家まで追い出されるなんて誰が想像できただろうか。
いいよ。夢なら覚めてくれたって、今なら笑い事で片付くからさ。ハハッ、わかってるよ現実逃避だって。
「うぐっ」
いかん。なんか涙出てきた。
まさかこの歳になってホロリときちゃいましたよ、こりゃ相当まいってますな。
そりゃあこの先どうしようって不安で今にも押しつぶされそうなんだし、涙のひとつやふたつは大目に見て欲しい。
ごしごしと目尻をこすってから、隣で鼻歌を歌っているくるみを見やる。
「ずずっ、なにしてんのくるみ?」
声をかけると、実に楽しそうな笑顔で
「おえかきしてたー」
と、微笑んだ。
お絵描きですか、いいですねのんきで。僕だってこんな状況じゃなけりゃ元気に釣りでもやってますよ。
しかし可愛いから許す。どんどんお絵描きするがいいさ。
「ちなみに何の絵?」
「えっとねー このえはね、おねーちゃんとぴくにっくしてるんだよ」
ピクニックね。ま、くるみにとっちゃこの現状は楽しいピクニックみたいなもんか。
土曜日お兄ちゃんと一緒にピクニックをしました、みたいなね? いいなぁ僕もそんな風に考えられたらどれだけ楽だろうか。
「ねー おねーちゃん?」
「んー?」
「こんどはおかーさんとおとーさんもいっしょにね、ぴくにっくしたいな」
「あぁ、うん。できたらいいなぁ」
かーちゃんどっか行っちゃったけどね。とーちゃんもロンドンで骨埋めたし。
なんて、そんなこと言えるわけない。
「これからどうすっかな……」
自分のことはなんとかなるにしても、まずくるみのことが心配だ。
そうだ、世の中には養護施設というものがある。そこに預けるのはどうだろう。
そういう施設って僕でも住まわせて貰えるかな? 費用とかいくらくらいだろ、待てよ? あれって厚生労働省が費用とか持ってくれるんだっけ? ううん、自分の無知が憎い。
「しかしまぁくるみはいいとしても、借金取りから目付けられてる僕が行っても迷惑なだけか」
難しいことはわからないけど、とりあえず市役所に聞きに行くかなぁ、それとも直接施設に出向くとか。
どちらにせよ、いつまでもここにいる訳にはいかない。日が暮れる前に寝泊りできる場所を見つけないと。
「さて、そろそろ移動するからお絵描きセットは片付けようか」
「わかったー」
一つ返事で片づけを始めるくるみ。
片付けには少し時間がかかりそうだな、こういう時間って案外長いもんだ。
ぴょーん。
そんなことを考えていると、靴に小さなバッタが飛び乗ってきた。
「バッタ?」
なんだお前、なんか用か? こっちはお前みたいなバッタに構ってる暇無いんだから、さっさとお退き。
……なんですかその構って欲しそうな目は?
わかった少しだけ構ってやるよ。お前にはくるみさんがお絵描きセットを片している間に、僕の自己紹介をしてやろう。
僕の名前は真鍋春まなべ はる。
ほんの少し見た目が美少女で、ほんの少し声が高いだけの、普通の男の子である。
年齢はつい先週高校二年生になったばかりの17歳。
2年程前。親の都合でこの町にやってきた僕は、親から授かった『男だが美少女』という意味不明な容姿のおかげで新しい環境に馴染めず、見事友達のいない寂しい人間に成り下がってしまった。
この町に来るまでは普通に友達もいて、普通に平和な毎日を送っていただけあって、この町の生活にはあまり満足していない。
だがそれももう昔のこと。今は友達のいないことなんて気にしちゃいない。
そんなことより今は、この状況でどう生きていくか。それが今一番重要な問題である。
ちなみにくるみが僕のことをおねーちゃんと呼ぶ理由は、僕の容姿がアレだからさ。ま、別に気にしてないんだけどね。
さて、そろそろくるみの片づけが終わりそうだ。僕も市役所に行く準備を始めるか。
ということでお前はさっさと故郷に帰れ。んで達者で暮らせ。
「じゃーな」
そう言って、バッタの尻をつんとつついた。