わたし家出を始めてからずっと一人でした。だからこうして皆と騒いだりすることが本当に嬉しくて。
オッチャンを浴場に残して先にあがり、服に着替えて銭湯を出る。
自分が最初だと思っていたのだが銭湯の前には田中さんがいた。
「あれ、早いな田中さん?」
「えへへ。ちょっとのぼせちゃって」
「そっか」
確かに田中さんの白い頬は普段より赤かった。
「真鍋さんこそ早いですね? もしかしてのぼせました?」
「僕は……なんか疲れちゃって」
オッチャンの厚かましい温厚を受けてな。
「え?」
「いやなんでもない。ただもう満足したから」
「そうですか」
「うん」
そこで会話が途切れる。
あれ? なんでだろ? 別にいいんだけどさ。
「え、えっと、くるみとサラダさんはどうだった?」
そう言うと、田中さんは思い出したようにくすっと笑った。
「すごく楽しそうでした。わたしも一緒にはしゃいでたんですけど、そのせいでのぼせちゃって」
「あぁそれでのぼせたんか……それにしても、たった一日で変な集団になっちまったな」
男だが女にしか見えない僕。家出娘の田中さん。謎の元軍人サラダさん。まともなのはくるみだけか。
「そうですねー でも嬉しいです。わたし家出を始めてからずっと一人でした。だからこうして皆と騒いだりすることが本当に嬉しくて」
「一ヶ月、だっけ?」
こくりと頷く田中さん。
「昨日わたしが真鍋さんに声を掛けたのって、実は寂しかったのが原因だったり」
「あ。そうなん?」
「なんだか同じ匂いがしたので、もしかして友達になれるんじゃないかって思いまして」
同じ匂いって。同じ境遇なのは、そうだけど。
あ、そういえば……
「田中さんに言いたいことがあったんだ」
「なんですか?」
「昨日声かけてくれたとき、その、ちょっときつく当たっちゃって。悪かったなって」
「いえ、いいんですよ。あれはわたしが軽率だっただけですから」
それは違う。寂しくて、友達が欲しくて話しかけてくれた田中さんを邪険に扱ったのは僕の勘違いだったから。
「それでも、言いたいんだ。ごめん」
「ままま真鍋さん! あの! いいですから、顔を上げてください!」
「あ、あぁ」
あまりに嫌がるので仕方なく顔を上げると。
「こちらこそ、ぐずっ。ごめんなさ、ううっ」
「なんで泣いてんねん」
田中さんは涙を流していた。
もう驚かないけどさ、田中さんは優しい人だからな。
「わたし、クラスメイトで。真鍋さんが一人ぼっちなの知ってたのに、あんな急に話しかけちゃって、ぐずっ。それで警戒されるなんて、当然のことだったんです。なのにっ」
「いやもういいから、悪かったのは僕で田中さんは悪くないんだっての」
「でも……」
あー! 優しい女の子ってめんどくせぇな!
「だから聞けって! 僕が言いたかったことはな! ごめんなさいの他にもう一つあるんだ!」
「ふぇ?」
「えっと、その! 田中さんが声かけてくれたから、その日の晩に焚き火とかできたし、毛布もあったし! サラダ……じゃなくて、サラだって説得してくれて、友達になれた! おかげで辛いはずの路頭生活が楽しくなっちまったから! だからありがとうって言いたかったんだよ!」
うおおおおおおお! なんて恥ずかしい台詞なんだああああああ!
僕の人生の中でもダントツで恥ずかしい台詞だ! なんてこった恥ずかしい!
「真鍋さん……そんなっ、ありがとうなんて……うぅっ」
そして、そのあと田中さんは、
「う、ぐすっ……」
「あ。やべ」
「―――――――――――――ッ!」
声を上げて、号泣してしまったとさ。
めでたくなしめでたくなし。




