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プロローグ とある土曜日、僕達は路頭に迷った

「おねーちゃん、あさだよー」

「んー」


土曜の朝は眠い。明日は休みだから、という理由で昨日夜遅くまで起きていたからだ。

そんなわけで今日は心行くまで夢の世界に浸っていようと布団に潜り込んだのが約五時間前のこと。


現時刻、朝の七時。


「おねーちゃーん、くるみおなかすいたー」

「んぁ」


布団越しに僕の身体を揺すっているのは我が愛しのマイシスター、真鍋(まなべ)くるみ。

黒髪ロングの小学二年生。自分のことを『くるみ』と名前で呼ぶ愛くるしい自慢の妹だ。


朝から可愛い妹のモーニングコールとは嬉しい限りだが、徹夜明けの朝ではなんとなく萎える。


「ねぇってばー!」


ごめんよ妹。構ってやりたいのは山々なんだが、今はちょっと勘弁してくれ。


「はいはいお腹空いたのねぇ。それはわかりましたけど、おねだりする相手が違いますよくるみさん。朝飯が欲しいならかーちゃんに頼みなさい」

「ちがわないよー だっておかーさんいないんだもんー」

「ええー」


かーちゃんこんな朝っぱらからどこほっつき歩いてんの、朝のジョギングなんて洒落た趣味があった覚えはないけれども。


「ちゃんとトイレの中とか確認したん? かーちゃん朝から便秘と格闘してるかもしれん」


このごろよくため息ついてたからなぁかーちゃん。食も細くなってたし、もしかしてとは思ってたんだ。


「してないよー だってね、なんかおてがみに『にげます』って、かいてあったからといれにはいないとおもったの」

「そっかー 賢いなぁくるみは。んで置き手紙にはそんだけ? 行き先とか書いてあった?」


一言褒められたくるみがえへへ、と照れながら話を続ける。


「えっとね? 『しゃっきん』と『ごめんなさい』って、いっぱいかいてあったー」


へぇ借金ねぇ。『逃げます』とか『ごめんなさい』とか、随分ネガティブな言葉がつらつらと。

そんなに病んでたのなら、一言言ってくれれば相談に乗ったんだけどなぁ便秘のこと。


それにしても、借金て。



……借金ってなんすか?


「くるみ。その手紙ってどこにある?」

「えー? つくえのうえー」


嘘だろ、オイ。まさか借金って。

動揺しながら布団から飛び出て台所へ移動する。その後ろをトコトコ着いてくるくるみ。


今の僕に眠いとか萎えるとかそんな悠長なこと頭になかった。



さて。これから今後の人生に関わる重要な『手紙』を拝見しに行くわけですが。

その前に一つ、言っておくことがある。


台所へ移動する足を止め、くるりと反転する。


「あぅっ」


急に止まったせいでおでこを僕のへそにぶつけるくるみ。なんでとまったの? とでも言いたげだなくるみよ。


「くるみ。もう半ば諦めかけてるんだけどな? 聞くだけ聞いてくれないか?」


急に真面目口調になった僕を見上げながら、首をかしげるくるみ。


「僕はおねーちゃんじゃなくて、おにーちゃんだ」



『Dear,大好きな春とくるみへ。


 実は、お父さんから毎月来るはずの仕送りが一年程前から途絶えていました。

 恐らく出張先のロンドンで新しい女でも作ったのか、仕事をミスって骨を埋めたのかもしれません。


 そんな事実をいつか言おうと思っていたのですが、夫の代わりに私が責められると思うと面倒だったので、ずっと黙っていました。ごめんなさいね。ホントにごめんなさいね。

 さて、ここからが本題なのですが。そろそろ借金返済の目処が付かなくなり、私の精神状態も右肩下がり。それでも借金は右肩上がり、ウフフ。(笑)


 ぶっちゃけもうヤバイので、私はお父さんの行方を捜そうと思います。

 決して逃げるわけではないの。そこは勘違いしないでね。愛する我が子に借金押し付けて逃げ出す母親なんていないわ。


 お父さんを見つけ次第、借金返済の要求と離婚届を突きつけてくるから、その間の借金返済はよろしくね。

 春はお姉ちゃんなんだから、ちゃんとくるみを守ってあげてね。


 P.S.その部屋は引き払っちゃった。これを読んだら今すぐ荷造りして出て行ってね。早くしないと怖ぁーいおじさん達がやってくるゾ。

 From,ママ。』



「……嘘だろ?」


なにかの冗談だろ? ハハッ、おもろいなこれ。眠気をふっとばすにはちょうどいい。


仕送りが途絶えた? 骨を埋めた? 借金? まぁどうでもいいけど、ちゃんとオチとかあるんですかね?


この手紙の裏側に『なんちゃって♪』とか書いてあるパターンですよね、うんきっとそうだ。そうに違いない。

さて、それじゃ手紙の裏側を拝見しましょうか。


大丈夫、今ならタチの悪い冗談でも許してやるから! 頼むぜかーちゃん!



『借用書


 真鍋岡阿様


 借用金 金ウン百万金也


 (このへんは難しいことが沢山書いてあった。)


 そろそろ返してください。近いうちにお邪魔しますので、今後の目処をきっちり付けましょう。』



ちょっと奥さん!? なんですかこの物騒な紙は!

てててっ、手紙の裏側に物騒な紙が貼り付けてあったんですけど!?


「……ま、まぁ、そうだな」


とりあえず逃げますか。


「くるみー? せっかくの休みだしピクニックでも行くか?」

「えー! ほんとー!?」


残念ながら楽しい旅じゃないけどね、という言葉は飲み込む。

とりあえず財布やら缶詰やら必要そうなものを確保してからくるみの準備を手伝ってやることに。


「くるみー まだかー?」

「まってまって! まだおえかきせっともってないのー!」

「んなもんいらんわ!」

「やーっ!」


ま、まぁくるみはピクニックのつもりだからな。お絵描きセットくらい大目に見てやるか。


そんな感じで準備を終えた僕達は玄関に並んで靴を履き、家を出た。



「……お? アンタ等、真鍋さんコトの嬢ちゃんか?」

「は、はい?」


玄関を出てすぐの階段を下りていると、なんか怖いオッチャン達に声を掛けられた。

いや大体予想つくけどさ。この人達がかーちゃんの言ってた『怖ぁーいおじさん達』でいいんだよね。


「丁度嬢ちゃんの部屋に行くとこだったンだが。今、親御さん家にいるか?」

「おおお親ですか? あ、あぁ! 部屋で寝てますよ!? えぇもぉぐっすりと!」


おっと反射的に嘘をついてしまった。


「そうか呼び止めて悪かったな。ちょっとオッチャン達、親御さんに用があるから部屋上がらせてもらうわ」

「ど、どうぞごゆっくり……」


ぎこちない笑顔で怖いオッチャン達とすれ違う。


こ、怖かった。ちょっと話しただけなのに死ぬかと思ったわ。まぁ逃げるが勝ちって言うし、さっさと行きますか。

そんな風に安心できたのも束の間だった。



「おい!? この部屋誰もいねぇぞ!?」

「なんだこの置手紙は!? ……やられた! 真鍋の奥さんもう逃げてンぞ!?」


しまった処分するの忘れてた。


「さっきの嬢ちゃんだ! あの嬢ちゃんトッ捕まえて居場所聞き出すぞ!」


安直すぎる!? なんで矛先がこっち向いたんですか!?


「逃げるぞくるみ!」

「え? わ、うわっ!」


返事を待たずにくるみの身体を脇に抱える。


うん軽い。これなら二人で走るより、僕が担いだ方が早いだろう。


「いたぞ! あのガキだ!」

「オイ嬢ちゃん! 逃げんじゃねぇぞ!?」


ここで逃げない馬鹿はいません! さぁ、我がブートキャンプーで鍛えられた脚力をみるがいい!


「あばよとっさぁあぁぁぁああああああんッ!」


僕は雄叫びを上げながら、全力で階段を駆け下りていった。


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