エピローグ
「……あれ、それで終わりなんですか?」
カウンターの向こう、テーブル席で隼人と向かい合う美里ちゃんが、驚いたように口を開く。俺としては、語りたい部分は語り終えたので満足しきっていたのだが、彼女はそうではなかったらしい。何も言わない隼人も、美里ちゃんほどではないにしろどこか不満そうだった。
「それから、美波さんとはどうなったんですか?」
「どうって、それをきっかけに付き合うようになって、普通に結婚したけど」
「そこの部分が面白いのにー」
美里ちゃんは聞いてもいないのに、何故か確信している様子で言う。若い女の子の思考はよくわからなくて困る。
「変な出会いだったから話しただけで、ラーメン屋のおっさんがイチャイチャする話なんて聞きたくねぇだろ。俺も話したくないしな」
「そんなことないのになぁ」
納得がいかないのか、美里ちゃんは一人でブツブツと呟き続けている。取り残された俺と隼人の視線が自然と合うと、隼人は不思議そうに言った。
「でも俺、この店にはよく来てますけど、その美波さんって人には会ったことないですよ」
「ちょ、ちょっと隼人!」
「何だよ急に……って、あ」
何かに思い当たったらしい美里ちゃんが咎めるように声を上げると、遅れてその意図を理解したのか隼人が気まずそうに声を漏らし、二人は何故か哀れむようにこちらを見る。当人であるはずの俺を余所に話が進んでしまっていた。
「おい、何を深読みしてるのか知らねぇけど、美波は今でも元気だし、離婚とかしてねぇからな。……店は、訳あって俺一人でやってるけど」
「その訳っていうのは、訊いてもいいんですか?」
ホッとして胸を撫で下ろすだけの隼人とは対照的に、美里ちゃんはなおも話を続けようとする。注文しているラーメンが出来上がっても、ラーメンそっちのけで話を続けそうな勢いだった。女の子というものは、いつになってもよくわからないままだ。
「いや……まあ、別にいいか。引退した時、美波に黙ってこの店を始めちまったんだよ。それで美波は怒って、そのままってわけだ」
「冷静に話してる場合じゃないですよ……美波さんが怒った理由は何だったんですか? 引退後に飲食店を始めるっていうのは、野球選手ならよくあるパターンだと思うんですけど」
「引退しても、野球に係わり続けて欲しかったんだとよ。美波はラーメン好きだし、喜んでくれると思ったんだけどな」
「あー……」
美里ちゃんは頭を抱え、隼人は苦笑いをしている。俺だけが大切なことに気がついていないみたいな、取り残された感じがしてあまりいい気分ではない。そのことが表情に表れていたのか、美里ちゃんはすぐに“答え”を教えてくれた。
「美波さんはきっと、野球に係わっている白坂さんが好きなんですよ。話を聞く限り、美波さんを完全に虜にしたのは、マウンドに立つ白坂さんを初めて見た時でしょうし」
探偵のように告げられて、目から鱗が落ちる。簡単なことなのに、どうして気がつかなかったのだろう。思えば、そういったことは美波を相手にした時にもあったような気がする。
「ああ、なるほどな! いやーさすが女の子、同性の気持ちがよくわかってるな! いやー、完敗だよ。なあ、隼人!」
「俺もわかってましたけど……」
どうやら、性別がどうのといった問題ではなく、俺が鈍いだけだったらしい。それを証明するように、美里ちゃんは怒った様子で大声を立てる。
「ほら、白坂さん、そうとわかったら善は急げですよ!」
「へ?」
「ラーメン作ってないで、早く美波さんに謝ってこないと!」
「今作ってるの、美里ちゃんが頼んだラーメンだけどな……」
「いいからいいから!」
若い者の勢いに押し切られ、火元の確認だけして店を飛び出す。すると、ちょうど買い物袋を提げた美波が向こうからやってくるところだった。
両手を広げ、道の真ん中に構わず立ちはだかる。美波が露骨に顔をしかめるのと、俺の声が住宅街に響き渡るのはほぼ同時の出来事だった。
「美波ー! 俺が悪かった! 愛してるぞーっ!」
それからまたしばらく、美波は口を利いてくれなくなった。




